「一期一会」。一生に一度の出会いを大切にする、という意味で広く使われています。座右の銘に挙げる人も多い四字です。
では、これは誰の言葉でしょうか。調べはじめて、すぐに手が止まりました。辞典によって、出典の書き方が違うのです。
この記事の結論
先に、分かったことを書きます。四字をつなげた「一期一会」の形が出てくるのは、幕末の大老・井伊直弼が書いた茶書『茶湯一会集』の序でした。
ただし、もとになった「一期に一度の会」という言い方は、それより250年以上前の『山上宗二記』にあります。
そして、千利休の言葉として紹介する資料もあります。ただし、利休自身が書き残した資料までは、本記事では確認できませんでした。
- 6資料
出典の書き方を比べた辞典・事典・家元・報道の用語解説(本文の比較表) - 3通り
『茶湯一会集』の成立年について、資料が示す年 - 250年以上
『山上宗二記』から『茶湯一会集』までの隔たり
三つめの数字に幅があるのは、『茶湯一会集』の成立年が資料によって分かれるためです。なお本記事が調べられたのは、Web上で読める範囲にとどまります。
この記事では、意味と読み方をまず押さえたうえで、四字が出てくる原文、その源流、千利休との関係、そして辞典ごとの食い違いを順に見ていきます。使い方の例文と英語表現にも触れます。
聞き手として、直弼AI(井伊直弼をモデルにしたAI)にも登場してもらいました。
※以下の直弼AIの発言部分は、公開されている史料をもとに井伊直弼の人物像を再現した創作です。直弼本人の発言を記録したものではありません。また、この記事が引く原文は、いずれも辞典・家元・宗派の資料や、茶の湯を紹介するコラムが掲載している文面です。本記事は『茶湯一会集』『山上宗二記』とも、原本も翻刻も直接は確認していません。
出典の確かめ方と、公開前に行っているチェックは編集方針にまとめています。

直弼さん、本日はよろしくお願いします。あなたが書いた茶書に出てくる四字が、いまも日本中で使われています。まずは驚かれるかもしれませんが、その話からうかがいます。

茶の湯の心得を書きつけたまでのこと。世間に広まると聞いても、予には実感が湧かぬ。
先に一つ申しておく。誰が言い出した言葉か、予に決める筋はない。予にできるのは、あの書に何と記したかを申すことだけじゃ。
そのつもりで聞いてくれい。
一期一会の意味と読み方|先に結論をまとめます
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | いちごいちえ |
| 意味(茶の湯) | 茶会は毎回、一生に一度だという思いを込めて、主人も客も誠意を尽くすべきである |
| 意味(一般) | 一生に一度しかない出会い。一生に一度かぎりであること |
| 四字が出てくる資料 | 井伊直弼『茶湯一会集』の序 |
| もとになった言い方 | 『山上宗二記』の「一期に一度の会」 |
| 千利休との関係 | 利休の言葉として紹介する資料と、利休に触れない辞典がある |
| 英語 | one time, one meeting / once in a lifetime |
意味は二段構えです。前半が「この会は二度と来ない」という認識、後半が「だから誠意を尽くせ」という心得。前半だけなら無常を言っただけですが、後半がつくことで、ふるまいの指針になります。
デジタル大辞泉は「茶の湯で、茶会は毎回、一生に一度だという思いをこめて、主客とも誠心誠意、真剣に行うべきことを説いた語。転じて、一生に一度しかない出会い」と説明しています。
精選版日本国語大辞典は語誌で、「茶道書で、茶室での交会の心構え、態度を示す語句として発生し、後、人との出会いを大切にするという意の一般語として用いるようになった」と、意味が広がった経緯を書いています。

いまは茶席と関係なく使われています。

それでよい。人と人とが向かい合う場であれば、茶席でなくとも理は同じであろう。
ただ、形だけ整うても心が伴わねば意味がない。そこだけは違えぬようにな。
「一期一会」の四字が出てくるのは『茶湯一会集』の序
四字をつなげた形が確認できるのは、井伊直弼『茶湯一会集』の序です。『茶湯一会集』に触れている資料は、いずれもここで一致しています。四字をつなげた形をそれより古い資料で確認できた例は、今回ありませんでした。
まず、臨済宗・黄檗宗の公式サイト「臨黄ネット」が紹介する『茶湯一会集』の一節を見てみましょう。河野太通『床の間の禅語 続』(1998年、禅文化研究所刊)から引かれている文面です。
抑、茶湯の交会は、一期一会といひて、たとへば幾度おなじ主客交会するとも、今日の会にふたたびかへらざる事を思えば、実に我一世一度の会也、去るにより、主人は万事に心を配り、聊も麁末なきやう深切実意を尽し、客も此会に又逢ひがたき事を弁へ、亭主の趣向、何一つもおろかならぬを感心し、実意を以て交るべき也、是を一期一会といふ、必々主客とも等閑には一服をも催すまじき筈之事、即一会集の極意なり。
出典:臨黄ネット(臨済宗・黄檗宗 公式)禅語「一期一会」
現代語にすると、こうなります。そもそも茶の湯の交わりは一期一会といって、たとえ同じ主人と客が何度顔を合わせたとしても、今日の会が二度と返ってこないことを思えば、まことに自分にとって一生に一度の会である。
だから主人は万事に心を配り、少しも粗末がないよう誠意を尽くす。客もこの会に再び逢いがたいことをわきまえて、主人の趣向がどれ一つおろそかでないことに感じ入り、誠意をもって交わるべきである。
ここで一つ、読み落とされがちな点があります。この一節は、主人の心得と客の心得を両方とも説いています。
- 主人は……万事に心を配り、少しも粗末がないよう誠意を尽くす
- 客は……この会に再び逢いがたいことをわきまえ、主人の趣向に感じ入って誠意をもって交わる
「一期一会」をもてなす側の言葉としてだけ紹介する説明を見かけます。ところが原文は、「主人は万事に心を配り」と「客も此会に又逢ひがたき事を弁へ」を並べて置いています。
なお、『茶湯一会集』という書名そのものが、この「一会」から来ています。愛知県共済のコラムが掲げる序の抜粋には、「此書は、茶湯一会之始終、主客の心得を委敷あらはす也、故に題号を一会集といふ、猶、一会ニ深き主意あり」とあります。
この部分は、上に引いた臨黄ネットの引用範囲には含まれていません。別の資料が掲げている文面です。

書名そのものが、この語から来ているのですね。

題は一会集とした。猶、一会に深き主意あり。そう書き添えたまでのこと。
主人ばかりが力むものではない。客の側にも、二度と来ぬ会だという構えがいる。片方だけでは会にならぬ。
源流は『山上宗二記』の「一期に一度の会」
『山上宗二記』に触れている辞典・事典・家元・宗派の資料は、そろってここを源流としています。ここは断定してよい数少ない点でした。
『山上宗二記』は、千利休の高弟・山上宗二(1544〜1590)が書き残した茶の湯の伝書です。
単一の本ではありません。天正16年(1588)から天正18年(1590)にかけて、宗二が弟子ごとに書き与えた複数の伝書として伝わります。
該当する一節は「茶湯者覚悟十体(ちゃのゆしゃかくごじってい)」にあります。日本大百科全書が引いている文面は、次のとおりです。
路地ヘ入ルヨリ出ヅルマデ、一期ニ一度ノ会ノヤウニ、亭主ヲ敬ヒ畏ベシ
出典:日本大百科全書「一期一会」(筒井紘一)/コトバンク
露地(茶室に通じる庭)に入ってから出るまで、一生に一度の会であるかのように、亭主を敬い、かしこまるべきである、という意味です。
なお原文は「路地」と表記されています。引用元にあるルビは省きました。
ただし、この文面は資料によって違います。引くときは、どの資料の表記かを添える必要があります。
| 資料 | 引いている文面 |
|---|---|
| 日本大百科全書 | 路地ヘ入ルヨリ出ヅルマデ、一期ニ一度ノ会ノヤウニ、亭主ヲ敬ヒ畏ベシ |
| 精選版 日本国語大辞典 | 「山上宗二記‐茶湯者覚悟十体」にある「一期に一度の会」 |
| 四字熟語を知る辞典 | 同じく「一期に一度の会」 |
| デジタル大辞泉 | 「山上宗二記」の中の「一期に一度の会」 |
| 氷室神社文化興隆財団 | 一期に一度の参会の様に |
| 表千家不審菴(茶の湯用語集) | 利休の言葉として「一期ニ一度」とある |
参照した資料のあいだで、表記に違いがあります。本記事は原本も翻刻も照合していないため、その理由までは判断できません。どれが原文かも、今回は決められませんでした。
ここで注意しておきたいのは、宗二の一節と直弼の一節では言葉の形が違うという点です。
今回参照した『山上宗二記』の紹介文面に見えるのは、「一期に一度の会」や「一期ニ一度」といった形でした。四字を続けた「一期一会」とは形が異なります。
では、一期一会は千利休の言葉なのか
結論から書きます。千利休の言葉として紹介する資料はありますが、利休自身が書き残した資料は、今回確認できませんでした。
「利休の言葉ではない」と書きたくなるところですが、それも言えません。確認できなかったというだけだからです。資料の書き方は、大きく二つの方向に分かれました。ただし中間もあります。
| 資料 | 千利休への触れ方 |
|---|---|
| 共同通信ニュース用語解説 | 「千利休の考えといわれている」 |
| 表千家不審菴 | 『山上宗二記』に利休の言葉として「一期ニ一度」とある |
| 氷室神社文化興隆財団 | 「利休の肉声を伝えています」 |
| 日本大百科全書 | 『山上宗二記』を初見とする。利休の名を出さない |
| デジタル大辞泉 | 『山上宗二記』から。利休の名を出さない |
| 精選版 日本国語大辞典 | 「千利休の弟子であった宗二の著」。利休は宗二の説明としてのみ登場 |
| 臨黄ネット(河野太通) | 「山上宗二は、茶の湯をする人たちの一つの心得として……この言葉を挙げている」 |
利休に帰属させる資料のうち、表千家の用語集だけは書き方が違いました。「『山上宗二記』には、利休の言葉として『一期ニ一度』とあり」としています。
史料に載っていることと、本人がそう言ったことは別、という区別が保たれています。
一方、「井伊直弼の造語」とする説明もあります。茶の湯の専門辞典である『茶道大辞典』(筒井紘一編、淡交社、2010年)は、直弼が『茶湯一会集』の序説でこの語を強調していることから、一期一会は直弼による造語であろうと推察しています。
ただし、これは推察であって断定ではありません。またこの記述は、国立国会図書館レファレンス協同データベースに残る近畿大学中央図書館の調査記録で確認したもので、本記事は『茶道大辞典』の原典を直接確認していません。
同じ調査記録が挙げる『角川茶道大事典』は、『山上宗二記』の「一期ニ一度ノ茶ノ会」を文献上もっとも早い例とし、幕末の『茶湯一会集』以来この語が有名になったと説明しています。

あなたが作った言葉だ、と書いている資料もありました。

造語と申されてものう。先ほども申したとおりじゃ。
予にできるのは、あの書に何と記したかを申すことだけ。誰が言い出したかは、予の決めることではない。
利休居士が申されたかどうかも、予には分からぬ。そなたらの世の書物に何と載っておるかは、なおのこと確かめようがない。
辞典によって、出典の書き方が違う
ここが今回いちばん面白かったところです。同じ小学館の辞典どうしでも、出典の書き方がそろっていません。
| 辞典・資料 | 『山上宗二記』 | 『茶湯一会集』 | 千利休 |
|---|---|---|---|
| デジタル大辞泉 | ○ | × | × |
| 精選版 日本国語大辞典 | ○ | ○(初出の実例として) | △(宗二の説明として) |
| 四字熟語を知る辞典 | ○ | × | × |
| 日本大百科全書 | ○(初見) | ○ | × |
| 共同通信ニュース用語解説 | × | × | ○ |
| 表千家不審菴 | ○ | ○ | ○(宗二記の中で) |
読み方を書き添えます。デジタル大辞泉と四字熟語を知る辞典は、『茶湯一会集』にまったく触れません。この2つだけを読むと、「一期一会」は『山上宗二記』に出てくる言葉だと受け取れます。
逆に共同通信の用語解説は、『山上宗二記』にも『茶湯一会集』にも触れず、千利休の名前だけを挙げます。これだけを読むと、利休の言葉だと受け取れます。
日本大百科全書だけは三段階で書いていました。『山上宗二記』を初見とし、『南方録』の「一座一会」に受け継がれ、さらに井伊直弼が『茶湯一会集』で「一期一会」の語を使って精神を強調した、という流れです。
同じ語を引いても、どの辞典を開いたかで答えが変わります。ネット上の記事が「利休の言葉」「直弼の造語」に割れているのは、おそらくこれが理由です。
『茶湯一会集』はいつ成立したのか|草稿と完成で説明が分かれる
成立年も、資料によって説明が分かれています。
| 資料 | 成立年の書き方 |
|---|---|
| 精選版 日本国語大辞典 | 弘化2年(1845)頃成立 |
| 日本大百科全書 | 1848年(嘉永1)以前に一度草稿を書き上げ、推敲を重ねて58年(安政5)に完本 |
| 彦根城博物館(所蔵館) | 推敲を重ねて安政4年(1857)頃に完成 |
| 表千家不審菴 | 安政4年(1857)に成立 |
1845年と1858年では13年の開きがあります。ただし、日本大百科全書が「草稿」と「完本」を分けて書いていることを踏まえると、長い時間をかけて書き足された書物だと読むのが、どの資料とも矛盾しません。
伝わり方についても書いておきます。彦根城博物館は『茶湯一会集』を「井伊直弼筆」「重要文化財」として収蔵品に紹介しています。員数は1冊、法量は縦26.8cm×横19.2cm。彦根藩井伊家文書に含まれます。
ただし、これは所蔵館の表示として確認できたことです。鑑定の根拠までは確認していません。また、常時展示されているものではありません。
一期一会と対で説かれる「独座観念」
『茶湯一会集』には、一期一会と対になるもう一つの言葉があります。「独座観念(どくざかんねん)」です。彦根城博物館、表千家、日本大百科全書が、そろってこの二つを並べて挙げています。
- 一期一会……この会は二度と返らない。だから主人も客も誠意を尽くす
- 独座観念……客が帰ったあと、主人がひとり炉の前に坐して、その会を思い返す
彦根城博物館は「茶の湯における交友は一生に一度の会と思って心を尽くし、客の帰った後も炉前にひとり坐して観念する、という茶会での主客の交わりのあり方を説いています」と説明しています。
岩波文庫版の紹介文は、この書を「『一期一会』の茶事にのぞみ、『余情残心』にて終うまでの主客の心得」を記したものとしています。
つまり「一期一会」は、会が始まる前の心構えだけを指す言葉ではありません。会が終わったあとまで含めて、一つの流れとして説かれています。ここまで書いている一般向けの解説は、今回ほとんど見かけませんでした。

客が帰ったあとのことまで書かれているとは思いませんでした。

終わってからが、むしろ肝要じゃ。
客を送り出して、炉の前にひとり坐る。もう誰もおらぬ。そこで今日の一会を思い返す。
にぎやかなうちは、まだ会の半ばにすぎぬ。
「一期」と「一会」はそれぞれ何を指すのか
「一期」は一生涯を指す古い言葉です。精選版日本国語大辞典は「人の生まれてから死ぬまでの間。一生」と説明し、初出の実例として鎌倉時代初期の『真如観』を挙げています。
| 語 | 語義 | 確認した資料 |
|---|---|---|
| 一期(いちご) | 生まれてから死ぬまで。一生 | 精選版 日本国語大辞典/デジタル大辞泉 |
| 一期(別義) | 死に際。臨終。最期 | 同上 |
| 一期(別義) | 一生に一度しかないようなこと | 同上(用例『平家物語』) |
| 一会(いちえ) | 一つの集まり。特に法会、また茶会/一度の出会い | デジタル大辞泉 |
| 一会(いちえ) | ひとたび会うこと | 精選版 日本国語大辞典 |
一つ断っておきます。「一期」を「もとは仏教語」と説明する資料がありますが、今回確認した精選版日本国語大辞典とデジタル大辞泉は、どちらも仏教語とは書いていません。
初出の実例が、鎌倉時代初期の仏教に関わる書とされる『真如観』である、というところまでが確認できたことです。
「一会」にも単独の項目があります。デジタル大辞泉は「一つの集まり。特に、法会、また茶会をいう」「一度の出会い」、精選版日本国語大辞典は「ひとたび会うこと」と説明し、どちらも用例に「一期一会」を挙げています。
一期一会の使い方|例文と注意点
使い方で気をつける点が一つあります。「一期一会の出会い」は、意味が重なります。「一期一会」にすでに「出会い」の意味が含まれているためです。
- 自己紹介・面接……「一期一会を大切にする姿勢で、お客様一人ひとりに向き合ってまいりました」
- お礼状……「本日は一期一会のご縁をいただき、ありがとうございました」
- スピーチ……「本日お集まりの皆さまとのこの時間も、一期一会です」
- 座右の銘……「私の座右の銘は一期一会です」
- 避けたい言い方……「一期一会の出会いを大切に」(意味が重なります)
もう一つ。この言葉は、もてなす側と迎えられる側の両方に向いています。原文が主人の心得と客の心得を並べて説いているためです。「私がおもてなしします」という一方向の宣言としてだけ使うと、言葉の半分を落とすことになります。
一期一会の類語と対義語
| 区分 | 語 | 意味 |
|---|---|---|
| 類語 | 一世一代 | 一生に一度きりの、晴れがましいこと |
| 類語 | 千載一遇 | 千年に一度しか出会えないほどの、またとない好機 |
| 類語 | 邂逅(かいこう) | 思いがけなく出会うこと |
| 類語 | 袖振り合うも多生の縁 | わずかな触れ合いも、前世からの縁による |
| 対義語 | 日常茶飯 | ごくありふれた、毎日のこと |
「千載一遇」との違いを書いておきます。千載一遇は「またとない好機」を指し、めぐり合わせの珍しさに重心があります。
一期一会は珍しさではなく、二度と返らないという前提のもとで、いま何をするかに重心があります。似ているようで、語の向きが違います。
「一世一代」との違いも同じところにあります。一世一代は、その人にとって晴れ舞台となる一度きりの出来事を指します。ふだんの茶会のように、繰り返されるように見える場にこそ使えるのが一期一会のほうです。
対義語に挙げた「日常茶飯」は、もとは日々の茶と食事のこと。奇しくも同じ茶の字を含みますが、こちらはありふれていて取り立てるまでもないという意味で使われます。
一期一会は英語で何と言うか
| 英語 | 出どころ |
|---|---|
| one time, one meeting | 字義訳。英語版Wikipediaが掲げ、Varley & Kumakura『Tea in Japan』(1989)p.187を出典とする |
| once in a lifetime | 表千家不審菴の英語版用語集が「一期に一度」に当てている訳 |
| Collection on the Oneness of Chanoyu | 『茶湯一会集』の英題。表千家英語版用語集・英語版Wikipediaがともに用いる |
表千家の英語版用語集は、次のように説明しています。家元の公式資料として、今回直接確認できた英文です。
‘Ichigo’ means a lifetime. A tea gathering cannot be repeated, and the host and guests feel that this is an encounter that can only occur once in a lifetime.
出典:表千家不審菴 Chanoyu Glossary
英語版Wikipediaは、Varley & Kumakura の同書 p.187 から『茶湯一会集』の英訳を引いています。本記事では原書を確認していないため、その文面は載せていません。
よくある質問(FAQ)
一期一会は誰の言葉ですか?
一人には決められません。四字の形が出てくるのは井伊直弼『茶湯一会集』の序で、もとになった「一期に一度の会」は『山上宗二記』にあります。千利休自身が書き残した資料は、本記事では確認できませんでした。
井伊直弼が作った言葉ではないのですか?
断定はできません。『茶道大辞典』には直弼による造語だろうとする推察があります。一方で、事典・家元・宗派の資料はそろって『山上宗二記』の「一期に一度の会」を源流としています。四字の形が確認できるのは『茶湯一会集』から、というのが今回確認できた範囲です。
読み方は「いちごいちえ」ですか、「いっきいっかい」ですか?
「いちごいちえ」です。「一期」は一生涯を指すときに「いちご」と読みます。
「一期一会の出会い」は誤用ですか?
誤りとまでは言えませんが、「一期一会」にすでに出会いの意味が含まれているため、意味が重なります。「一期一会を大切にする」で足ります。
『茶湯一会集』はどこで読めますか?
岩波文庫に戸田勝久校注の『茶湯一会集・閑夜茶話』があります。また、奥田正造編の1936年刊『茶湯一会集』が、国立国会図書館デジタルコレクションでインターネット公開されています。
コマ6のp.1に「茶湯の交会は一期一会」の記載があると、国立国会図書館レファレンス協同データベースの事例が伝えています。本記事は該当コマを直接確認していません。
「一期」はもともと仏教語ですか?
仏教語と説明する資料はありますが、今回確認した精選版日本国語大辞典とデジタル大辞泉は、どちらも仏教語とは書いていません。初出の実例が、鎌倉時代初期の仏教に関わる書とされる『真如観』である、というところまでが確認できたことです。
インタビュー後記|出典が割れている、ということ自体が答えでした
調べはじめたときは、「誰の言葉か」に一つの答えが出ると思っていました。出ませんでした。
出なかった理由のほうが、書いていて面白かったところです。辞典どうしで、出典として何を挙げるかが違っていました。
考え方の源流を書くもの、四字の使用例を書くもの、利休との関係を書くもの。どこを説明するかが、そろっていません。
割れていたのは出典だけではありませんでした。成立年が3通り、『山上宗二記』の文面も資料ごとに違う。250年以上をまたいで受け渡された言葉というのは、こういう伝わり方をするのだと思いました。
ネット上で「千利休の言葉」と「井伊直弼の造語」が並び立っているのも、どちらかが嘘をついているわけではなさそうです。考え方の源流をたどるか、四字の形が現れた時点を見るかで、答えが変わります。

結局、誰の言葉かは決まりませんでした。

それでよいではないか。
言葉というものは、一人の手から出て一人のものであり続けるものではあるまい。宗二が書き、予もまた書き、そなたらの世でまた誰かが使う。
そのたびに、二度と同じ会にはならぬ。それこそが、あの四字の申したいことにて候。
読者の皆さんは、この言葉をどんな場面で思い出すでしょうか。
参考資料
- 彦根城博物館「茶湯一会集」※員数1冊・重要文化財・「井伊直弼筆」・法量・安政4年頃完成の根拠。所蔵館の表示として確認しました
- 彦根城博物館 特別展「一期一会の世界 大名茶人 井伊直弼のすべて」※直弼が茶書の執筆や茶会の開催に力を注いだ大名茶人であることの根拠
- 文化遺産オンライン(文化庁 国指定文化財等データベース)「彦根藩井伊家文書」※重要文化財指定の根拠。ただし解説文は『茶湯一会集』を個別に挙げていません
- コトバンク「一期一会」※デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・四字熟語を知る辞典・日本大百科全書・共同通信ニュース用語解説の各定義と出典表記の根拠。辞典の比較表はすべてこのページから作りました
- コトバンク「茶湯一会集」※成立年が資料で割れることの根拠。精選版日本国語大辞典「弘化2年(1845)頃成立」、日本大百科全書「1848年以前に草稿、58年に完本」
- コトバンク「山上宗二記」※伝書群として伝わることと、6点の伝書の宛先・日付の根拠
- コトバンク「井伊直弼」※井伊直弼が幕末の彦根藩主・大老であり、茶の号を宗観といったことの根拠
- コトバンク「一期」※「一期」の語義と、初出実例が『真如観』であることの根拠
- コトバンク「一会」※「一会」の語義の根拠。デジタル大辞泉「一つの集まり。特に、法会、また茶会をいう」「一度の出会い」、精選版日本国語大辞典「ひとたび会うこと」
- 表千家不審菴 茶の湯用語集「茶湯一会集」※「安政4年(1857)に成立」とする記述の根拠
- 表千家不審菴 茶の湯用語集「一期一会」※「『山上宗二記』には、利休の言葉として「一期ニ一度」とあり、江戸時代後期に井伊直弼がその著書『茶湯一会集』のなかで「一期一会」と表現した」の根拠
- 表千家不審菴 Chanoyu Glossary(英語)※「一期に一度」を『山上宗二記』に利休の言葉として位置づける記述、英題、引用した英文の根拠
- 臨黄ネット(臨済宗・黄檗宗 公式)禅語「一期一会」※河野太通『床の間の禅語 続』1998年・禅文化研究所刊からの抜粋。『茶湯一会集』序の文面と、「一期=一生涯/一会=一度の出会い」の根拠
- 岩波書店『茶湯一会集・閑夜茶話』(井伊直弼 著、戸田勝久 校注、岩波文庫)※岩波文庫版の存在と「余情残心」への言及の根拠。底本の記載はありません
- 岩波書店『山上宗二記 付・茶話指月集』(熊倉功夫 校注、岩波文庫)※山上宗二の生没年の根拠
- 氷室神社文化興隆財団『山上宗二記入門 茶の湯秘伝書と茶人宗二』紹介ページ※「一期に一度の参会の様に」という別表記の根拠
- 愛知県共済「知って得するお茶ワールド」※「一期一会」が『茶湯一会集』の序に出ることと、序の冒頭「此書は、茶湯一会之始終…故に題号を一会集といふ、猶、一会ニ深き主意あり」の文面の根拠。共済組合のコラム(筆者は山中直樹氏)であり一次資料ではありません
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「一期一会という言葉の出典について知りたい」(近畿大学中央図書館・事例ID 1000129064)※『茶道大辞典』(筒井紘一編、淡交社、2010年)が「一期一会」を直弼による造語であろうと推察していること、『角川茶道大事典』が『山上宗二記』の「一期ニ一度ノ茶ノ会」を文献上もっとも早い例とすることの根拠。**本記事はいずれの辞典も原典を確認しておらず、この調査記録が紹介しているのを確認したにとどまります**
- 国立国会図書館デジタルコレクション『茶湯一会集』(奥田正造 編、1936年)※インターネット公開。上記の調査記録は、コマ6のp.1に「茶湯の交会は一期一会」の記載があるとしています。**本記事は該当コマを直接確認していません**
- 英語版Wikipedia “Ichi-go ichi-e”※英訳の文面と、その出典が Varley & Kumakura, Tea in Japan, University of Hawaii Press, 1989, p.187 であることの根拠。原書は確認していません
本記事は『茶湯一会集』『山上宗二記』とも、原本も翻刻も直接は確認していません。引用した原文は、いずれも上記の資料が紹介している文面です。
また、青空文庫での公開状況、岩波文庫の底本、『茶道古典全集』の収録内容、『茶道大辞典』『角川茶道大事典』の原典は、今回たどり着けませんでした。確認できなかったというだけで、存在しないという意味ではありません。


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