歴史上の人物の名言を書き集めるのが、昔からの趣味です。中でも坂本龍馬の言葉は、短いのに人を動かす熱がこもっていて、つい手帳に写してしまいます。
この記事の結論
ところが集めるほどに、おもしろい事実に気づきました。世に「龍馬の言葉」として出回っているもののうち、本記事の調査で自筆史料まで確認できたものは、35件のうち2件だけだったのです。
もっとも、「出典なし」で片づけられない言葉もありました。国立国会図書館デジタルコレクションで明治・大正期の刊本をたどると、10件については本文までさかのぼることができました。
逆に、これまで名言として並べていたもののうち4件は、同じ一つの文書から切り出された条文でした。しかもその文書自体が、龍馬の作か疑われているものです。
- 35件
この記事で出典を調べた言葉の数 - 2件
龍馬の自筆史料までたどれたもの - 10件
明治・大正期の刊本で本文を確認できたもの
姉への手紙に残る言葉もあれば、後の小説やドラマが生んだとされる「龍馬らしい言葉」もあります。あの有名な「日本の夜明けぜよ」も、本人の発言と確認できる史料は見つかっていません。
そこでこの記事では、龍馬の名言とされる言葉を35個集め、一つずつ「出典・解釈・現代へのヒント」を表にまとめました。
どの言葉が同時代の史料で確認でき、どれが後世の回想・創作・出典不明の言葉なのかを、出典区分(A〜D)で正直に検証しています。
さらに私ひとりで語るのはもったいないので、龍馬AI(坂本龍馬をモデルにしたAI)にも登場してもらいます。
ただし出典が確かめられない言葉では、龍馬AIも本人の発言としては断定せず、「後世がその生き方に重ねた解釈」として語ります。
※以下の龍馬AIの発言部分は、公開されている史料をもとに坂本龍馬の人物像を再現した創作です。実際の発言をそのまま掲載したものではありません。出典を確認できた言葉には史料名を示し、確認できない言葉は「出典未確認(D)」と明記しています。龍馬AIが語る心情や背景の説明も、史料そのものではなく創作を含みます。
出典の確かめ方と、公開前に行っているチェックは編集方針にまとめています。
言葉として残らなかった部分、たとえば龍馬が明治を迎えていたら何をしたのかは、もう一つの世界線として考えてみました。

龍馬さん、よろしくお願いします。今回、龍馬さんの言葉として出回っている35件の出典を調べたら、自筆までたどれたのは2件だけでした。

おう、よろしゅう頼むぜよ。三十五のうち、わしの筆まで辿れたのが二つか。
残りは本やら人の噂やらを渡り歩いてきた、っちゅう寸法じゃな。言葉は船より遠うまで、勝手に航海するもんぜよ。どの港を回ってきたか、一つずつ見ていこうやないか。
- 坂本龍馬の名言を読み解く前に|どんな人物だったか
- 坂本龍馬の名言・伝承35選
- 坂本龍馬の名言・伝承35選|出典区分を一覧で確認
- 名言①「日本を今一度せんたくいたし申候」
- 名言②「世の人はわれをなにともいはばいへ わがなすことはわれのみぞしる」
- 名言③「世界の海援隊でもやりますかな」
- 名言④「事は十中八九まで自らこれを行い、残り一、二を他に譲りて功をなさむべし」
- 名言⑤「丸くとも一かどあれや人心 あまりまろきはころびやすきぞ」
- 名言⑥「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある」
- 名言⑦「時勢に応じて自分を変革しろ」
- 名言⑧「人として生まれたからには、太平洋のように、でっかい夢を持つべきだ」
- 名言⑨「おれは落胆するよりも、次の策を考えるほうの人間だ」
- 名言⑩「業なかばで倒れてもよい。そのときは、目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ」
- 名言⑪「人間、好きな道によって世界を切り拓いていく」
- 名言⑫「偏見を持つな。教えを受けるべき人間なら、相手が誰であろうと学べ」
- 名言⑬「暗ければ、民はついて来ぬ」
- 名言⑭「何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり」
- 名言⑮「何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって、人間、骨となって一生を終えるのだから」
- 名言⑯「われ、はじめて西郷を見る。その人物、茫漠としてとらえどころなし。ちょうど大鐘のごとし」
- 名言⑰「文開く衣の袖は濡れにけり 海より深き君が美心」
- ここから4つは『英将秘訣』という同じ文書の条文です
- 名言⑱「世に生を得るは事を成すにあり」
- 名言⑲「義理などは夢にも思ふことなかれ 身をしばらるるものなり」
- 名言⑳「恥といふことを打ち捨てて 世のことは成るべし」
- 名言㉑「俺は議論はしない、議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ」
- 名言㉒「時勢は利によって動くものだ。議論によっては動かぬ」
- 名言㉓「奇策とは百に一つも用うべきではない。九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策を用いれば、みごとに効く」
- 名言㉔「万事、見にゃわからん」
- 名言㉕「人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ」
- 名言㉖「夢中で日を過ごしておれば、いつかはわかる時が来る」
- 名言㉗「俺は着実に物事を一つずつ築きあげてゆく。現実に合わぬことはやらぬ」
- 名言㉘「おのおの、その志のままに生きよ」
- 名言㉙「世の既成概念を破るというのが、真の仕事である」
- 名言㉚「先人の真似ごとはくだらぬ」
- 名言㉛「古来、英雄豪傑とは、老獪と純情の使いわけのうまい男をいうのだ」
- 名言㉜「わずかに他人より優れているというだけの知恵や知識が、この時勢に何になるか」
- 名言㉝「疲れちょると思案がどうしても滅入る。よう寝足ると猛然と自信がわく」
- 名言㉞「男子は生あるかぎり、理想をもち、理想に一歩でも近づくべく、坂をのぼるべきである」
- 名言㉟「雨が降ってきたからって走ることはない。走ったって、先も雨だ」
- 「日本の夜明けは近いぜよ」は龍馬の言葉?由来として語られる説を確認
- 坂本龍馬の名言・伝承から形づくられた人物像
- よくある質問(FAQ)
- インタビュー後記|坂本龍馬の言葉が今も響く理由
- 参考資料
坂本龍馬の名言を読み解く前に|どんな人物だったか
名言の背景を味わうために、まずは龍馬がどんな人物だったのかを軽くおさらいしておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 坂本龍馬(さかもと りょうま) |
| 生没年 | 1836年1月3日(天保6年11月15日)〜1867年12月10日(慶応3年11月15日) |
| 出身 | 土佐藩(現在の高知県) |
| 家柄 | 郷士(下級武士)の家 |
| 活躍した時代 | 幕末 |
龍馬は土佐藩の郷士(下級武士)の家に生まれ、脱藩して身分や藩の垣根を越えて活動した人物です。薩長同盟の仲立ちや、亀山社中(のちの海援隊)による貿易など、旧来の枠組みにとらわれない発想で動いたことで知られています。
その生き方が、そのまま言葉にもにじんでいます。龍馬の生涯そのものについては、こちらの記事でくわしくまとめています。

龍馬さんは郷士の家に生まれて、脱藩しています。身分も藩も越えて動いた、と言われますね。

郷士ちゅうたら、土佐では下のほうの侍じゃき。上の衆と同じ道を歩いちょったら、どこへも行けん。
藩の外へ出てしもうたら、相手は薩摩も長州も、日本ぜんぶじゃ。狭い家の中で背伸びするより、広い海に出たほうが話が早いっちゅうもんよ。
坂本龍馬の名言・伝承35選
ここからは、龍馬の言葉として伝わるものを35個紹介します。選ぶときに大切にしたのは、次の3点です。
- まず本人の手紙や自筆の和歌で確認できる言葉を紹介すること
- 広く流布する言葉も、出典区分(A〜D)を付けて取り上げること
- 本人の史料・後世の記録・創作元のいずれも特定できないものは、区分Dとして示すこと
各名言の「出典」欄では、資料の種類と確認状況を次の4区分で示しています。B区分については、国立国会図書館デジタルコレクションで実際に本文を読み、文面を確かめたものだけを入れました。参考資料の欄に、その本へのリンクを置いています。
| 区分 | 定義 |
|---|---|
| A | 本人の自筆史料が現存し、所蔵先と文化財指定まで確認できる |
| B | 明治から昭和前期の刊本に本文が載っており、国立国会図書館デジタルコレクションで文面を確認した。刊本に載っていることは、本人が言った証明ではありません |
| C | 後世の創作作品に由来するとする資料があるが、本記事では原著の該当箇所を確認していない |
| D | 本記事の調査では出典を特定できなかった |
坂本龍馬の名言・伝承35選|出典区分を一覧で確認
各名言の区分と、確認できた出典の要点を一覧にしました。詳しい解説と龍馬AIとの対話は、このあと1つずつ続きます。
| 名言(冒頭) | 区分 | 確認できた出典の要点 |
|---|---|---|
| ①日本を今一度せんたくいたし申候 | A | 文久3年・乙女宛自筆書簡(京博・重文) |
| ②世の人はわれをなにともいはばいへ | A | 自筆「詠草二 和歌」(京博・重文) |
| ③世界の海援隊でもやりますかな | B | 千頭清臣『坂本竜馬』(1914年)に陸奥宗光の回想として収録 |
| ④事は十中八九まで自らこれを行い | B | 千頭清臣『坂本竜馬』(1914年)に「龍馬曰く」として収録 |
| ⑤丸くとも一かどあれや人心 | B | 『坂本竜馬関係文書』(1926年)に収録。一方1906年の『俚諺辞典』はことわざとして立項 |
| ⑥人の世に道は百も千も万もある | C | 司馬遼太郎『竜馬がゆく』由来との指摘あり。本記事では原著の該当箇所を未確認 |
| ⑦時勢に応じて自分を変革しろ | D | 未特定 |
| ⑧太平洋のように、でっかい夢を | D | 未特定 |
| ⑨落胆するよりも、次の策を | D | 未特定 |
| ⑩業なかばで倒れてもよい | C | 司馬遼太郎『竜馬がゆく』由来との指摘あり。本記事では原著の該当箇所を未確認 |
| ⑪好きな道によって世界を切り拓く | D | 未特定 |
| ⑫偏見を持つな | D | 未特定 |
| ⑬暗ければ、民はついて来ぬ | D | 未特定 |
| ⑭何の志も無きところに | B | 姉・乙女宛書簡の一節として『坂本竜馬関係文書』(1926年)に翻刻 |
| ⑮何でも思い切ってやってみる | D | 未特定 |
| ⑯われ、はじめて西郷を見る | B | 「馬鹿の幅がわからぬ」の形で明治期の刊本に記録。流布する文言は後世の言い換え |
| ⑰文開く衣の袖は濡れにけり | B | 『坂本竜馬関係文書』(1926年)に収録。京博の重文「詠草二」六首には含まれない |
| ⑱世に生を得るは事を成すにあり | B | 『英将秘訣』の一条。『維新史籍解題』(1935年)は「恐らくは何人かの仮作」と判定 |
| ⑲義理などは夢にも思ふことなかれ | B | 『英将秘訣』の一条。同上 |
| ⑳恥といふことを打ち捨てて | B | 『英将秘訣』の一条。同上 |
| ㉑俺は議論はしない | D | 未特定 |
| ㉒時勢は利によって動く | D | 未特定 |
| ㉓奇策とは百に一つも用うべきでない | D | 未特定 |
| ㉔万事、見にゃわからん | D | 未特定 |
| ㉕人の世に失敗ちゅうことはありゃせん | D | 未特定 |
| ㉖夢中で日を過ごしておれば | D | 未特定 |
| ㉗着実に物事を一つずつ | D | 未特定 |
| ㉘おのおの、その志のままに生きよ | D | 未特定 |
| ㉙世の既成概念を破る | D | 未特定 |
| ㉚先人の真似ごとはくだらぬ | B | 『英将秘訣』の一条(⑱と同じ条の後半)。同上 |
| ㉛英雄豪傑とは、老獪と純情の | C | 司馬遼太郎『竜馬がゆく』由来との指摘あり。本記事では原著の該当箇所を未確認 |
| ㉜わずかに他人より優れた知恵が | D | 未特定 |
| ㉝疲れちょると思案が滅入る | D | 未特定 |
| ㉞男子は生あるかぎり、坂をのぼるべき | D | 未特定(後世の創作由来とされるが作品未特定) |
| ㉟雨が降ってきたからって走ることはない | D | 未特定 |
それでは1つずつ見ていきましょう。
名言①「日本を今一度せんたくいたし申候」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | A:文久3年6月29日付・姉の乙女宛の自筆書簡(京都国立博物館所蔵、重要文化財) |
| 解釈 | 日本を立て直したいという決意を記した表現 |
| 現代へのヒント | 目の前の対応だけでなく、国のあり方そのものを立て直そうとする視点 |
「日本という国を、もう一度洗濯するように立て直したい」という意味に読まれています。長州が攻撃した外国船を幕府が修理していることなど、幕府の対応への強い憤りの中で、姉・乙女への手紙に書かれた言葉です。
後世には、日本のあり方を大きく改めようとする志を象徴する言葉として解釈されてきました。

文久3年6月29日、お姉さんの乙女さんへの手紙に『日本を今一度せんたく』と書いていますね。国を洗濯するとは、ずいぶん大きく出ました。

乙女姉さんへの手紙じゃき、遠慮がない。長州が撃った外国の船を、幕府が直してやりよる。腹も立つっちゅうもんじゃ。
汚れたら洗う。たらいが日本ひとつ分の大きさになっただけのことぜよ。
名言②「世の人はわれをなにともいはばいへ わがなすことはわれのみぞしる」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | A:龍馬自筆「詠草二 和歌」の一首(京都国立博物館所蔵、重要文化財) |
| 解釈 | 世間の評価より、自分のやることの意味は自分が知る |
| 現代へのヒント | 人の目が気になるとき「意味は自分が知っている」と考える |
「世間の人が自分を何と言おうと構わない。自分のやっていることの意味は、自分だけが分かっている」という意味に読まれています。龍馬自筆の和歌として残る言葉です。
なお、一般に広まっている「世の中の人は何とも言わば言え」という表記は、原文を現代的に書き換えたものです。京都国立博物館の翻刻は「いはばいへ」となっています。

『世の人はわれをなにともいはばいへ』。京都の博物館にある自筆の六首のうちの一首ですね。

六首のうちの一首か。よう数えてくれたのう。
世間ちゅうのは海の波みたいなもんじゃ。いちいち波に腹を立てよったら、船は一寸も進まん。わしのなすことの値打ちは、わしが知っちょりゃええ。
名言③「世界の海援隊でもやりますかな」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)に、陸奥宗光の回想として収録。渡辺修二郎編『坂本竜馬言行録』(1913年)には、全文検索した限り見あたりません |
| 解釈 | 地位より、世界を相手に自由に動く志 |
| 現代へのヒント | 用意された肩書きに収まるだけが正解ではない |
政府の役人に収まるより、世界を相手に活動を続けたい、という志を示した言葉として語り継がれています。
この言葉は、これまで渡辺修二郎編『坂本竜馬言行録』(1913年)に収録されていると紹介されることがありました。ただし本記事で同書の全文を検索したところ、この語句は見あたりませんでした。
実際に文面をたどれたのは、千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)です。
同書の「五 諸士の評」に、陸奥宗光(陸奥伯)の言として「維新前、新政府の役割を定めたる際、龍馬は世界の海援隊云々と言へり」と記されています。また同書の「遺事雑記」には、西郷から役職について問われた龍馬が「左様さ、世界の海援隊でもやらんかな」と答えたという逸話が載っています。
いずれも龍馬の没後に書かれた回想・逸話です。しかも千頭は同書の末尾で「本書に引用せる龍馬の書信等に往々意味不明の点あり。然れども今一々其の疑を質すべき原文なければ、已を得ず既刊の書に掲載せるものを其儘引用せり」と断っています。刊本で文面をたどれることと、本人がそう言ったことは、別の話です。

西郷さんに役職を聞かれて『世界の海援隊でもやらんかな』と答えた、という話が、亡くなったあとの1914年の本に、陸奥宗光さんの回想と並んで載っています。

わしが死んだあとの本か。それなら、わしの知らん話も混じっちょろう。
じゃが役所の椅子と世界の海を並べられたら、海のほうに目が行くのがわしの性分じゃ。書いた者がそう見たんなら、悪い気はせん。
名言④「事は十中八九まで自らこれを行い、残り一、二を他に譲りて功をなさむべし」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)に「龍馬曰く」として収録。森茂『坂本竜馬 老荘的風雲児』(1927年)も同じ文を引いています |
| 解釈 | 大半は自分でやり、手柄は人に譲る |
| 現代へのヒント | 成果を分け合う姿勢が、チームの信頼関係を育てる |
物事の大半は自分でやり切り、最後の仕上げや手柄は人に譲るくらいがちょうどよい、という意味に読まれています。功を独り占めせず、人を立てながら大きな仕事を成す、という処世の知恵として語られてきました。
千頭清臣『坂本竜馬』(1914年)に「龍馬曰く『事は十中八九まで自ら之を行ひ、残り一二を他に譲り、以て功を成さしむべし』と」とあり、同書はこれを大政奉還での龍馬のふるまいと結びつけて紹介しています。ただし、龍馬が実際にこう語った場面を伝える同時代の史料は、本記事では確認できていません。

『事は十中八九まで自ら行い、残り一、二を他に譲れ』。1914年の本は、これを大政奉還のときのふるまいと結びつけています。

大政奉還と結ぶか。うまいこと言う本じゃのう。
大きな仕事ほど、最後の一押しを誰がやったかで揉める。手柄の取り合いで船が沈んだら、元も子もない。出どころはさておき、理屈としてはわしは好きじゃ。
名言⑤「丸くとも一かどあれや人心 あまりまろきはころびやすきぞ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:『坂本竜馬関係文書』(岩崎英重編、日本史籍協会、1926年)に龍馬の歌として収録。ただし20年前の『俚諺辞典』(1906年)は、同じ句を作者を挙げずにことわざとして立項しています |
| 解釈 | 柔らかさの中にも、譲れない芯を持つ |
| 現代へのヒント | 協調しつつ、譲れない一点は持っておく |
「人の心は、丸く穏やかであっても、どこかに一つ角(芯)を持っていたほうがよい。あまりに丸すぎると、かえって転がりやすい」という意味に読まれています。柔らかさと芯の強さ、その両方の大切さを説いた言葉です。
この句は二つの流れで伝わっています。
一つは龍馬の歌としての伝わり方で、『坂本竜馬関係文書』(1926年)の和歌を集めた箇所に載っています。もう一つはことわざとしての伝わり方で、その20年前に出た『俚諺辞典』(熊代彦太郎編・幸田露伴閲、1906年)が、作者を挙げずに「人の心は円満なる中にきまりあるべきをいふ」と説明しています。『金言名句辞典』(1928年)も同じ扱いです。
どちらが先かは、本記事では判断できません。なお一休宗純の作とする紹介も見かけますが、その根拠となる資料は本記事では確認できませんでした。

『丸くとも一かどあれや人心』。1926年の本には龍馬さんの歌として、その20年前の辞書にはことわざとして載っています。

歌が先か、ことわざが先か。鶏と卵みたいな話じゃのう。わしにも分からん。
中身は気に入った。丸い石は転がる。じゃが角ばっかりの石は、どこにも収まらん。船に荷を積むのと同じで、そこの按配が肝じゃき。
名言⑥「人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | C:後世の創作(司馬遼太郎『竜馬がゆく』など)に由来するとの指摘があるが、本記事では原著の該当箇所を確認していない |
| 解釈 | 進む道は一本ではなく、いくらでもある |
| 現代へのヒント | 「本当にこれだけか?」と問い直す余地を持つ |
「正しい道はいつも一本とは限らない。進み方はいくらでもある」という意味で語られています。行き詰まったときに視野を広げてくれる言葉として、長く親しまれてきました。
後世の創作(『竜馬がゆく』など)に由来するとの指摘がありますが、本記事では原著・二次資料の該当箇所を特定できていません。

『道は百も千も万もある』。小説の『竜馬がゆく』から来た、と言う人がいる言葉です。

後の世の物語か。わしを物語にするとは、酔狂な書き手もおったもんじゃ。
じゃが百や千で足りるかのう。海に出てみいや。道なんぞ、どこへでも引けるぜよ。
名言⑦「時勢に応じて自分を変革しろ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 時代に合わせて自分自身も変えていく |
| 現代へのヒント | 環境が変わったら、やり方や役割を更新する |
時代が移り変わるなら、それに合わせて自分自身も変えていくべきだ、という意味に読まれています。脱藩し、立場を柔軟に変えながら動いた龍馬の生き方と、よく重ねて語られます。

『時勢に応じて自分を変革しろ』。出典は見つかりませんでしたが、脱藩した龍馬さんに重ねて語られる言葉です。

脱藩に重ねるか。いま聞かれりゃ、藩の中だけでは景色が狭すぎる、と答えるろうのう。
潮が変われば帆の向きを変える。ただし、どこの港へ行くかまで潮任せにしちゃあいかん。
名言⑧「人として生まれたからには、太平洋のように、でっかい夢を持つべきだ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認(後世に流布) |
| 解釈 | 一度きりの人生、大きな志を持とう |
| 現代へのヒント | 目標を小さくまとめすぎず、大きく描いてみる |
海の向こうを見据えて動いた龍馬のイメージと結びつき、「大きな志を持とう」という励ましとして受け取られています。スケールの大きさを象徴する言葉です。

『太平洋のように、でっかい夢を』。これも出典は見つかっていません。

太平洋とは、また大きゅう出たのう。誰の言い回しか知らんが、たとえの選び方はええ。
大きな絵は、描いた者の勝ちぜよ。おまんなら、太平洋の向こうへ何を積んでいく。

積むなら、この記事で出典を調べた35の言葉でしょうか。

三十五の言葉を積んで太平洋か。ははは、出どころの分からん荷も多いのう。
向こうの港で止められんよう、せいぜい荷札をきちんと付けちょきや。
名言⑨「おれは落胆するよりも、次の策を考えるほうの人間だ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 落ち込むより、次の手を考える |
| 現代へのヒント | 失敗直後こそ「次の一手」に意識を向ける |
うまくいかなかったときに、落ち込んで立ち止まるより、次にどう動くかを考える、という前向きな姿勢を表した言葉として語られています。

『落胆するよりも、次の策を考える』。簡単ではないですよね。

落ち込むのにも時がかかる。その間に潮は変わってしまうきに。
大きな流れの中じゃ、一度のしくじりなんぞ波一つよ。起きざまに次の一手を拾うほうが、わしの性に合うちょる。
名言⑩「業なかばで倒れてもよい。そのときは、目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | C:後世の創作(司馬遼太郎『竜馬がゆく』など)に由来するとの指摘があるが、本記事では原著の該当箇所を確認していない |
| 解釈 | 途中で倒れても、目指す方角を向いたまま |
| 現代へのヒント | 結果より「どの方向を向くか」に意識を置く |
たとえ途中で力尽きても、目指す方向へ向かった姿勢のまま倒れよ、という覚悟を示した言葉として知られています。
後世の創作(『竜馬がゆく』など)に由来するとの指摘がありますが、本記事では原著・二次資料の該当箇所を確認できておらず、本人の発言と確認できる史料は見つかっていません。

『目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ』。特に有名ですが、これも小説から来たという指摘がある言葉です。

倒れる話から入るとは、縁起でもないのう。
わしなら倒れ方より、どっちへ船首を向けるかを考えたい。方角さえ決まっちょりゃ、船は前に進むきに。
名言⑪「人間、好きな道によって世界を切り拓いていく」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 好きな道でこそ、世界を広げられる |
| 現代へのヒント | 「得意」より「好き」を軸に選ぶ |
自分が本当に好きだと思える道でこそ、人は世界を広げていける、という意味に読まれています。情熱を原動力にした龍馬像と重ねて語られる言葉です。

『好きな道によって世界を切り拓いていく』。龍馬さんの生き方そのもの、と紹介されがちです。

好きな道、か。わしの道は、気がついたら海の上じゃった。
好きでやりよる者は、嵐でも舵を放さん。世界を切り拓くのは、案外そういう根気のほうかもしれんぜよ。
名言⑫「偏見を持つな。教えを受けるべき人間なら、相手が誰であろうと学べ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認(身分をたとえる表現でも伝わる) |
| 解釈 | 立場を問わず、学ぶべき人から学ぶ |
| 現代へのヒント | 「学べない」と決めつけず学びの機会を広げる |
相手の立場や肩書きにとらわれず、学ぶべき人からは素直に学べ、という意味で語られています。幅広い人と交わった龍馬らしい姿勢として紹介されることの多い言葉です。

『教えを受けるべき人間なら、相手が誰であろうと学べ』。身分をたとえに使った形でも伝わっています。

身分で人を量りよったら、郷士のわしなんぞ誰からも相手にされん。
薩摩も長州も、話してみにゃ分からん。値打ちのある話は、どこの港にも転がっちょるもんじゃ。
名言⑬「暗ければ、民はついて来ぬ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 明るさがなければ、人はついてこない |
| 現代へのヒント | まとめる立場では、示す雰囲気もメッセージになる |
リーダーが暗く沈んでいては、人はついてこない、という意味に読まれています。明るさや前向きさが人を動かす、という教えとして語られます。

『暗ければ、民はついて来ぬ』。上に立つ人の明るさの話ですね。

船頭が青い顔しちょったら、水夫は櫂を置いて逃げ支度じゃ。
国でも船でも同じこと。上がにこにこしちょるだけで、下は半分安心するもんぜよ。
名言⑭「何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:姉・乙女宛の書簡の一節として『坂本竜馬関係文書』(1926年)に翻刻。原本の所在は本記事では確認していません |
| 解釈 | 志なく日を過ごすのは愚かだ |
| 現代へのヒント | 「何のために」を一つ持つと一日の密度が変わる |
これといった志も持たず、なんとなく日々を過ごすのは大馬鹿者だ、という意味に読まれています。やや辛口ながら、目的を持って生きることの大切さを説いた言葉です。
この一節は、姉・乙女宛の書簡のなかにあります。『坂本竜馬関係文書』(1926年)には「しつにおくにのよふな所ニて何の志さしもなき所ニくす〳〵して日を送ハ実ニ大馬鹿ものなり」(実に、お国のような所で、何の志もない所でぐずぐずして日を送るのは、実に大馬鹿者だ)と翻刻されています。
土佐にとどまっている者への言葉であって、一般論として語られたものではありません。なお本記事では、この書簡の原本そのものは確認していません。

『何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり』。お姉さんへの手紙の一節で、お国にとどまっている人への言葉なんですね。

おう、姉さんへの手紙じゃき遠慮がない。世の人みなに説教したつもりはないぜよ。
国元でくすぶっちょる間にも、外では世の中がひっくり返りよる。それを黙って見ちょれ、ちゅうのは、わしには無理な相談じゃ。
名言⑮「何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって、人間、骨となって一生を終えるのだから」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 結果を恐れず、まず思い切ってやる |
| 現代へのヒント | 迷って動けないとき「まずやってみる」へ |
結果を恐れず、まずは思い切ってやってみよう、という意味に読まれています。どちらに転んでも最後は同じ、という達観と、行動を促す前向きさが同居した言葉です。

『どっちに転んだって、人間、骨となって一生を終える』。思い切りのいい言葉ですね。

骨になるのは誰でも同じ。そこは身分も藩も関係ない。
同じ骨になるなら、やらんかった悔いを抱えた骨より、やってしもうた骨のほうが軽かろうのう。
名言⑯「われ、はじめて西郷を見る。その人物、茫漠としてとらえどころなし。ちょうど大鐘のごとし」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:「馬鹿の幅がわからぬ」という形の逸話が明治期の刊本に複数記録されています。ただし「茫漠として…大鐘のごとし」という文言そのものは、明治・大正期の刊本には見あたりません |
| 解釈 | 相手の器は、こちらの叩き方しだいで大きくも小さくも響く |
| 現代へのヒント | 大きな相手と向き合うときは、こちらも本気で問いかける |
西郷隆盛に会った龍馬が、その人物を「大きな鐘のようだ」と評したと広く紹介される言葉です。小さく叩けば小さく、大きく叩けば大きく鳴る、と続きます。
もとになった逸話は、明治末から大正期の刊本に繰り返し出てきます。勝海舟に命じられて西郷を見に行った龍馬が、戻って「西郷は馬鹿だ。ただしその馬鹿の幅がわからない。小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る」と答えた、という形です。
『逸話文庫 通俗教育 志士の巻』(1911年)、『坂本竜馬言行録』(1913年)、千頭清臣『坂本竜馬』(1914年)、寺石正路『維新土佐歴史』(1917年)などに載っています。
一方、いま広まっている「茫漠としてとらえどころなし。ちょうど大鐘のごとし」という言い回しは、これらの刊本には見あたりませんでした。中身は明治期から伝わる逸話、文言は後世の言い換えと考えるのが妥当です。

勝海舟に言われて西郷さんを見に行き、戻って『その馬鹿の幅がわからない』と答えた。明治の終わりから大正の本に、繰り返し出てくる話です。

馬鹿の幅とは、ひどい言いようじゃのう。言うたのがわしなら、ずいぶん口の悪い使いじゃ。
小さく叩けば小さく、大きく叩けば大きく鳴る。そう言われたら、思いきり叩いてみとうなるのが人情ぜよ。
『大鐘のごとし』のほうは古い本には見えんそうな。言葉は渡り歩くうちに、立派な着物を着せられるもんよ。
名言⑰「文開く衣の袖は濡れにけり 海より深き君が美心」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:『坂本竜馬関係文書』(1926年)に龍馬の歌として収録。ただし京都国立博物館の重要文化財「詠草二 和歌」に記された六首には含まれません |
| 解釈 | 手紙に込められた相手の真心の深さに、涙してしまう |
| 現代へのヒント | 言葉の奥にある相手の思いを受け取る |
届いた手紙を開くと、その真心の深さに袖が濡れた、という趣旨に読まれています。人の情に深く感じ入る龍馬像を思わせる歌です。
この歌は『坂本竜馬関係文書』(1926年)に、姉・乙女に示した和歌のひとつとして、また巻末の詠草の並びのなかに収められています。
この記事では以前、②と同じ自筆「詠草二 和歌」に含まれる歌として紹介していましたが、これは確認不足でした。文化庁の国指定文化財等データベースによれば、京都国立博物館が所蔵する重要文化財「詠草二 和歌」に記されているのは六首で、②「世の人は…」はその二首目にあたります。この六首に「文開く」の歌は含まれていません。

『文開く衣の袖は濡れにけり』。この記事では以前、京都の自筆の六首に入ると書いてしまいましたが、六首には入っていませんでした。

ははは、正直でええ。付け違えた荷札を付け直す商人は、かえって信用されるぜよ。
手紙を開いて袖が濡れる、か。豪快なばかりが人の値打ちじゃない。誰の歌にせよ、ええ歌じゃ。
ここから4つは『英将秘訣』という同じ文書の条文です
次に挙げる⑱⑲⑳と、あとで出てくる㉚は、ばらばらの名言ではありません。『英将秘訣(えいしょうひけつ)』という一つの文書のなかで、ほとんど連続して並んでいる条文です。
『英将秘訣』は「断見録」とも呼ばれ、龍馬が語ったことを誰かが書きとめたものと伝えられてきました。千頭清臣『坂本竜馬』(1914年)に全文が収められており、国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができます。
- 千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)に全文が収録されている
- 『維新史籍解題』(高梨光司著、明治書院、1935年)は「龍馬の作として伝へらるゝも、確証の徴すべきものなく、恐らくは何人かの仮作ならん」と判定している
- 高知県立坂本龍馬記念館は、「おそらく平田派国学者志士グループの中に生まれたものであろう、と推定されている」「現在では龍馬とは無関係とする説のほうが大勢を占めているようです」と解説している
- ⑱と㉚は同じ一条の前半と後半にあたる(「世に生利を得るは事を成すに在り。人の跡を慕ひ、人の真似をする事なかれ」)
- ⑲⑳はその直後に続く条文
ここで大事なのは、この文書の中身が、名言集で紹介される4条とはかなり違うということです。
同じ『英将秘訣』には、「人を殺す事を工夫すべし……乞食など二三人ためし置くべし」「人を一人殺せば、其魂我に乗りうつりて、智もふえ、命も延るものと心得べし」「海賊は船軍の手習なり」「世界の人民、如何にせば鏖殺(みなごろし)にならんと工夫すべし」といった条文が並んでいます。
前向きに読める4条だけを取り出せば、この文書はまるで人生訓のように見えます。けれども実際には、殺害の手段を試せ、皆殺しを工夫せよと説く文章と地続きです。そして『維新史籍解題』は、この文書そのものを龍馬の作と認めていません。
この記事では、4条をこれまでどおり紹介します。ただし「龍馬の人生訓」としてではなく、「龍馬に仮託されたと見られる文書の一部」として読んでいただくために、ここで文書全体の性格を先にお伝えしておきます。

名言として並んでいた4つが、同じ『英将秘訣』の条文でした。同じ文書には『人を殺す事を工夫すべし』という条文まであります。

わしの名を借りたと見られる書きものが、ずいぶん物騒なことを言いよるのう。
気持ちのええ四か条だけ抜き出せば、立派な人生訓に見える。じゃが荷は箱ごと見にゃいかん。上の段だけ見て買うたら、下の段に何が入っちょるか分からんぜよ。
名言⑱「世に生を得るは事を成すにあり」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:『英将秘訣』(断見録)の一条。千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)に全文が収録されています。ただし『維新史籍解題』(1935年)は同書を「確証の徴すべきものなく、恐らくは何人かの仮作ならん」と判定しています |
| 解釈 | この世に生まれた意味は、成すべき事を成すことにある |
| 現代へのヒント | 「何を成すために生きるか」を一度考えてみる |
この世に生を受けたからには、何かを成し遂げるためだ、という意味に読まれています。
千頭本の『英将秘訣』では「一、世に生利を得るは事を成すに在り。人の跡を慕ひ、人の真似をする事なかれ。釈迦、孔子の類、唐土の世々の天子も皆しかる事をせり」という一条になっています。後半は㉚として別に紹介されることが多いのですが、もとは続いた一文です。また流布する「生を得る」は、千頭本では「生利を得る」となっています。

『世に生を得るは事を成すにあり』。1914年の本では『生利を得る』で、後ろに『人の真似をする事なかれ』が続いています。

半分に切って、別々に売られちょったか。刀の身と鞘を別の店で売るようなもんじゃ。
事を成せ、人の真似をするな。続けて読んで、ようやく一本になる。もっとも、その紙がわしの書いたものかは、確かめられちょらんそうじゃのう。
名言⑲「義理などは夢にも思ふことなかれ 身をしばらるるものなり」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:『英将秘訣』(断見録)の一条。千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)に全文が収録されています。ただし『維新史籍解題』(1935年)は同書を「確証の徴すべきものなく、恐らくは何人かの仮作ならん」と判定しています |
| 解釈 | しがらみに縛られず、身軽に動く |
| 現代へのヒント | 「こうすべき」に縛られすぎていないか見直す |
世間の義理やしがらみにとらわれると、身動きが取れなくなる、という意味に読まれています。
『英将秘訣』では⑱の直後に「一、義理などは夢にも思ふ事勿れ。身を縛らるゝもの也」と置かれ、さらに少し先に「一、礼儀など云ふは、人をしばるの器なり。世をしめかためて吾が掌中に入る具なり」という条文が続きます。前後を読むと、志のために枠を外すというより、人を動かす手管を説いた文脈に近いことが分かります。

『義理などは夢にも思ふことなかれ』。少し先には『礼儀など云ふは、人をしばるの器なり』という条文も続きます。

礼儀は人を縛る道具、か。そこまで言うたら、もう人生訓やのうて、人の操り方の手引きじゃ。
枠を外せ、と読んでくれる人の気持ちは有難い。じゃが前後を読んだら、そう爽やかな話でもないぜよ。
名言⑳「恥といふことを打ち捨てて 世のことは成るべし」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:『英将秘訣』(断見録)の一条。千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)に全文が収録されています。ただし『維新史籍解題』(1935年)は同書を「確証の徴すべきものなく、恐らくは何人かの仮作ならん」と判定しています |
| 解釈 | 体面を気にせず動けば、事は成る |
| 現代へのヒント | 「恥ずかしい」で止まらず、まず動く |
世間体や恥を気にしていては、大きな事は成せない、という意味に読まれています。頭を下げることや、世間体を恐れない龍馬像と重ねて紹介される言葉です。
『英将秘訣』では⑲の次に「一、恥と云ふ事を打捨てゝ世の事は成るべし。使ひ所によりては却つて善となる」と置かれています。流布する形では前半だけが引かれますが、原文には「使いどころによってはかえって善となる」という後半が付いています。

『恥といふことを打ち捨てて世のことは成るべし』。原文には『使い所によりては却って善となる』という後半があります。

恥も使い所しだいで善になる、か。商いの帳面みたいな理屈じゃのう。
前半だけ切り取れば威勢がええ。後半まで付けると、急に算盤の音がする。どっちの顔で読むかで、ずいぶん印象が変わるもんぜよ。
名言㉑「俺は議論はしない、議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 言い負かすより、行動で示す |
| 現代へのヒント | 説得より、まず自分がやって見せる |
いくら議論で相手を言い負かしても、人の生き方までは変えられない、という意味に読まれています。言葉より行動を重んじた龍馬の姿勢として語られます。

『議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ』。言い負かしても意味がない、と。

言い負かされた者は、口では黙っても腹の中で舌を出しちょる。
天下を動かすのに要るのは、勝った議論より、相手が乗りとうなる船じゃ。
名言㉒「時勢は利によって動くものだ。議論によっては動かぬ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 世の中は損得で動く。理屈だけでは動かない |
| 現代へのヒント | 人を動かすには「相手の得」を考える |
世の中は、理屈や正論よりも、実際の利益によって動く、という現実的な見方を示した言葉として語られています。

『時勢は利によって動くものだ』。一つ前の言葉と並べると、ずいぶん現実的です。

議論の次は損得か。並べ方がうまいのう。
国も藩も商人も、得のない話には腰を上げん。互いの得が重なる所を探すのが、間に立つ者の仕事っちゅうもんじゃ。
名言㉓「奇策とは百に一つも用うべきではない。九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策を用いれば、みごとに効く」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 奇策は最後の一つ。土台は正攻法 |
| 現代へのヒント | 小手先より、まず正攻法を積み上げる |
奇抜な策はめったに使うものではなく、九十九まで正攻法で押し、最後の一つでこそ奇策が効く、という意味に読まれています。着実さと大胆さの配分を説いた言葉です。

『九十九まで正攻法で押し、あとの一つで奇策』。奇策は百に一つ、というのは意外でした。

奇策ばっかり打つ者は、そのうち誰にも信用されんようになる。
九十九の地道があってこそ、残りの一つが化ける。博打は最後に一回打つから効くんじゃ。
名言㉔「万事、見にゃわからん」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 何事も、実際に見て確かめないと分からない |
| 現代へのヒント | 伝聞で決めず、自分の目で確かめる |
何事も、噂や伝聞ではなく、実際に自分の目で見なければ分からない、という意味に読まれています。実地を重んじた龍馬らしい言葉として紹介されます。

『万事、見にゃわからん』。短いのに、土佐の言葉の響きがありますね。

見にゃわからん、はその通りじゃ。地図で見た海と、船で出た海はまるで違う。
おまんがこうして古い本をめくって確かめよるのも、同じことぜよ。
名言㉕「人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 失敗などない。すべては経験になる |
| 現代へのヒント | うまくいかなくても「経験が増えた」と捉える |
この世に失敗などというものはない、という意味に読まれています。うまくいかないことも、次への糧になる、という前向きな捉え方を示した言葉です。

『人の世に失敗ちゅうことは、ありゃせんぞ』。ここまで言い切られると、気持ちがいいです。

誰の言葉か知らんが、言い切られると、聞いた者の足が軽うなる。それが言葉の使い道よ。
しくじりは、次の舵の切り方を教えてくれる。授業料と思えば安いもんじゃ。
名言㉖「夢中で日を過ごしておれば、いつかはわかる時が来る」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 一心に打ち込めば、いつか道は見えてくる |
| 現代へのヒント | 先が見えなくても、まず目の前に打ち込む |
今は分からなくても、夢中で取り組んでいれば、いつか分かる時が来る、という意味に読まれています。先の見えない中でも手を動かし続けることの大切さを説いた言葉です。

『夢中で日を過ごしておれば、いつかはわかる時が来る』。先が見えないときほど響きます。

先が見えんのは、霧の海と同じじゃ。止まって晴れるのを待つか、そろそろ進むか。
わしは進むほうが好きじゃが、進むなら、測りの綱だけは垂らしときや。
名言㉗「俺は着実に物事を一つずつ築きあげてゆく。現実に合わぬことはやらぬ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 地に足をつけ、一つずつ積み上げる |
| 現代へのヒント | 理想を掲げつつ、現実に合う手から進める |
大きな理想を描きながらも、現実に合わないことはやらず、一つずつ着実に築き上げる、という意味に読まれています。夢想家ではなく現実家でもあった龍馬像と重ねて語られます。

『着実に物事を一つずつ築きあげてゆく』。大きな話をする龍馬さんのイメージとは、少し違いますね。

大きな絵を描く者ほど、足場は地道に組まにゃならん。
絵だけ大きゅうて足場がなかったら、ただのほら吹きじゃ。わしがほら吹きかどうかは、おまんらが決めてくれ。
名言㉘「おのおの、その志のままに生きよ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | それぞれが、自分の志のままに生きればよい |
| 現代へのヒント | 人と比べず、自分の志を軸にする |
人はそれぞれ、自分の志のままに生きればよい、という意味に読まれています。他人と同じである必要はない、という個を尊ぶ言葉です。

『おのおの、その志のままに生きよ』。今の時代にも通じる言葉として紹介されます。

志のままに、とはまた気前のええ言い方じゃのう。
わしの時代は、生まれた家で道がおおかた決まっちょった。いまの世でそれを言える者が多いんなら、ずいぶん広い海になったもんぜよ。
名言㉙「世の既成概念を破るというのが、真の仕事である」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 古い常識を打ち破ることこそ、本当の仕事 |
| 現代へのヒント | 「当たり前」を疑うところから始める |
すでにある常識や決まり事を打ち破ることこそが、本当の仕事だ、という意味に読まれています。前例にとらわれなかった龍馬らしい言葉として紹介されます。

『世の既成概念を破るというのが、真の仕事である』。前例にとらわれない龍馬さんらしい、と紹介されます。

前例ちゅうのは、昔の誰かがその時の都合で決めたことじゃ。都合が変われば、決まりも変えてええ。
ただし破るだけなら子どもにもできる。破ったあとに何を建てるかが仕事ぜよ。
名言㉚「先人の真似ごとはくだらぬ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | B:『英将秘訣』(断見録)の一条。千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)に全文が収録されています。ただし『維新史籍解題』(1935年)は同書を「確証の徴すべきものなく、恐らくは何人かの仮作ならん」と判定しています(⑱と同じ一条の後半) |
| 解釈 | 前の人の真似ばかりでは意味がない |
| 現代へのヒント | お手本を踏まえつつ、自分のやり方を足す |
先人のやり方をただ真似るだけでは、くだらないという意味に読まれています。
原文は「人の跡を慕ひ、人の真似をする事なかれ。釈迦、孔子の類、唐土の世々の天子も皆しかる事をせり」で、⑱と同じ一条の後半にあたります。釈迦や孔子でさえ人の真似はしなかった、という続きまで読むと、独創を勧めるというより、前例を離れて自分で決めよという主張に近いことが分かります。

『先人の真似ごとはくだらぬ』。原文では、釈迦や孔子でさえ人の真似はしなかった、と続きます。

釈迦や孔子まで持ち出すとは、ずいぶん大風呂敷を広げたもんじゃ。大風呂敷は、わしも嫌いじゃないがのう。
前例を離れて自分で決めよ、ちゅう筋なら分かる。ただ、さっきの『事を成せ』と同じ紙の話じゃき、そこは割り引いて聞いてくれ。
名言㉛「古来、英雄豪傑とは、老獪と純情の使いわけのうまい男をいうのだ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | C:後世の創作(司馬遼太郎『竜馬がゆく』など)に由来するとの指摘があるが、本記事では原著の該当箇所を確認していない |
| 解釈 | 大人物は、したたかさと純粋さを使い分ける |
| 現代へのヒント | 状況で「したたかさ」と「素直さ」を使い分ける |
昔から英雄と呼ばれる者は、ずる賢さと純粋さの両方を使い分けるのがうまい、という意味に読まれています。後世の創作(『竜馬がゆく』など)に由来するとの指摘がありますが、本記事では原著・二次資料の該当箇所を特定できていません。

『英雄豪傑とは、老獪と純情の使いわけのうまい男』。これも小説から来たという指摘のある言葉です。

老獪と純情か。物語の書き手は、人をよう見ちょるのう。
大きな仕事をする者は、腹に狸と子どもを一匹ずつ飼うちょる。どっちを表に出すかの按配が、器量っちゅうもんじゃろう。
名言㉜「わずかに他人より優れているというだけの知恵や知識が、この時勢に何になるか」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 少しの知識を鼻にかけても、時代は動かせない |
| 現代へのヒント | 知識をひけらかさず、行動と結びつける |
人より少し物を知っているというだけの知恵や知識が、この激動の時代に何の役に立つのか、という意味に読まれています。

『わずかに他人より優れているというだけの知恵や知識が、この時勢に何になるか』。手厳しいですね。

ちっくと物を知っちょるのを鼻にかけるのが、一番船を遅うする。
世の中がひっくり返りよる時は、知っちょることより、動けることのほうが値打ちがあるきに。
名言㉝「疲れちょると思案がどうしても滅入る。よう寝足ると猛然と自信がわく」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | 心の元気は、体の疲れと直結している |
| 現代へのヒント | 落ち込んだら、まずよく休む・よく寝る |
疲れていると考えが暗くなり、よく眠ると猛然と自信がわいてくる、という意味に読まれています。心と体のつながりを実感した、生活感のある言葉です。

『よう寝足ると猛然と自信がわく』。ずいぶん生活感のある言葉です。

天下国家の話の合間に、寝不足の話か。ははは、そりゃ大事なことじゃ。
寝ちょらん頭で考えた策は、たいがい暗い。日本の行く末を決めるにも、まずは一晩寝てからぜよ。
名言㉞「男子は生あるかぎり、理想をもち、理想に一歩でも近づくべく、坂をのぼるべきである」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認(後世の創作由来とされるが、作品を特定できず) |
| 解釈 | 生きている限り、理想へ坂を登り続ける |
| 現代へのヒント | ゴールに届かなくても、一歩ずつ近づく |
生きている限り理想を持ち、その理想へ一歩でも近づこうと坂を登り続けるべきだ、という意味に読まれています。後世の作品を通じて広まったとされますが、具体的な出典は本記事では特定できませんでした。

『理想に一歩でも近づくべく、坂をのぼるべきである』。坂、という言い方が印象に残ります。

坂はええ。登っちょる間は上が見えん。そこが坂の面白いところじゃ。
てっぺんに着くかどうかより、足を止めんことのほうが、よっぽど難しい。
名言㉟「雨が降ってきたからって走ることはない。走ったって、先も雨だ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | D:出典未確認 |
| 解釈 | あわてても状況は変わらない。落ち着け |
| 現代へのヒント | 想定外のときこそ、あわてず構える |
雨が降ってきても、走ったところで先も雨なのだから、あわてることはない、という意味に読まれています。動じない構えの大切さを説いた言葉です。

『雨が降ってきたからって走ることはない。走ったって、先も雨だ』。言われてみれば、その通りです。

その通りじゃろう。濡れるのが同じなら、景色でも見て歩いたほうが得じゃ。
慌てて走る者ほど、水たまりに足を突っ込む。世の中が荒れちょる時ほど、腹を据えて歩くもんぜよ。
「日本の夜明けは近いぜよ」は龍馬の言葉?由来として語られる説を確認
龍馬といえば「日本の夜明けは近いぜよ」という力強いセリフを思い浮かべる方も多いはずです。よく検索される有名なフレーズですが、結論から言うと、本人の発言と確認できる史料は見つかっていません。
由来として語られる説を確認してみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| フレーズ | 日本の夜明けは近い(ぜよ) |
| 龍馬の言葉か | 本人の発言と確認できる史料は見つかっていない |
| 指摘されている由来 | 映画・時代劇の台詞や、龍馬の実語「日本を今一度せんたくいたし申候」との混同 |
| 成立の詳しい経緯 | 断定できる資料は確認できていない |
国立国会図書館が運営するレファレンス協同データベースには、名古屋市鶴舞中央図書館による調査事例が収録されています。
そこでは複数の龍馬名言集や書簡集を当たったうえで、「これが日本の夜明けぜよ」は龍馬の言葉としては確認できない、と報告されています。
その調査で指摘されているのは、このフレーズが映画・時代劇の台詞と混同された可能性や、龍馬が実際に書いた「日本を今一度せんたくいたし申候」と取り違えられた可能性です。
ただし、正確な初出や広まった経緯まで特定できる資料は確認できていません。
なお、この調査は「本人が絶対に言っていない」ことまで証明するものではありません。あくまで「本人の発言と確認できる史料は見つかっていない」ということです。
本人の発言と確認できる史料が見つかっていない言葉だと理解したうえで、その魅力を楽しむのがおすすめです。

『日本の夜明けは近いぜよ』。名古屋市の図書館が調べても、龍馬さんの言葉としては確認できなかったそうです。

図書館まで調べてくれたか、ご苦労なことじゃ。映画の台詞やら、せんたくの手紙やらと混ざったんじゃないか、ちゅう話もあるそうな。
夜明けとは、またきれいな言葉じゃのう。じゃが、わしはせんたくのほうが腹の底から出た気がする。おまんは、どっちの言葉が好きじゃ。

覚えやすいのは『夜明け』ですが、手紙のほうが、腹を立てている感じが伝わります。

腹を立てちょる、か。そりゃ当たっちょる。幕府が外国の船を直してやりよる、ちゅう話のあとじゃき。
夜明けは誰が言うても絵になる。腹立ちのほうは、その時そこにおった者にしか書けんぜよ。
坂本龍馬の名言・伝承から形づくられた人物像
35の言葉を並べてみると、いくつかの共通点が浮かび上がってきます。
- 枠にとらわれない発想(身分・藩・前例にしばられない)
- 周囲の評価より、自分の信じた道を歩むこと
- 失敗を恐れず、まず動く行動力
もっとも、これらはあくまで「言葉から浮かび上がる龍馬像」であって、本人の内面を史料で断定できるわけではありません。
とくに有名な言葉ほど後世に広まったものが多く、私たちが抱く「龍馬らしさ」は、史実と物語が混ざり合って形づくられてきたとも言えます。
それでも、出典が確かな「日本を今一度せんたくいたし申候」のような言葉からは、幕府の対応に憤り、日本を立て直そうとした龍馬の姿が、たしかに読み取れます。名言をきっかけに、龍馬という人の生き方を考える。
そんな読み方が、この記事の狙いです。

35の言葉を並べると、『枠にとらわれない』『周りの評価より自分の道』『まず動く』の3つが浮かびました。ただ、自筆まで確かめられたのは2つです。

三つとも、ええ男じゃのう。わしより出来がええかもしれん。
三十五の言葉で一人の男を組み立てたら、本物より少々男前になるのは仕方ない。あんまり立派に飾ってくれるな。確かな二つと、残りの荷札さえ付けちょいてくれりゃ、本望ぜよ。
龍馬像に大きな影響を与えた作品として、よく挙げられるのが司馬遼太郎の『竜馬がゆく』です。この記事で出典区分Cとした⑥⑩㉛も、この作品に由来するという指摘があります(本記事は原著の該当箇所を確認していません)。
史実と物語のどちらも知ったうえで読み直すと、龍馬像がどう形づくられてきたのかが見えてきます。
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オーディオブック|Audible
『竜馬がゆく』
この作品の聴きどころ
- 土佐の郷士の次男坊が維新の立役者になるまでを、多くの人物とともに描く長編
- 第1巻は、少年時代から江戸での剣術修業、「人斬り以蔵」や桂小五郎との出会いまで
- 史実をもとにした歴史小説(創作を含みます)
第1巻から第3巻がAudibleの聴き放題に入っています(2026年10月19日時点。対象は入れ替わることがあります)。30日間の無料体験があります。
※無料期間が終わると通常料金で自動更新されます。
よくある質問(FAQ)
坂本龍馬の一番有名な名言は何ですか?
もっとも広く知られているものの一つが「日本を今一度せんたくいたし申候」です。文久3年6月29日付・姉の乙女宛の自筆書簡に残る言葉で、原本は京都国立博物館に所蔵されています(重要文化財)。出典が確かな代表格です。
坂本龍馬は本当に「〜ぜよ」と話していたのですか?
「ぜよ」は土佐方言に見られる表現ですが、話し言葉をそのまま伝える記録は確認できないため、本人が日常でどの程度使っていたかは断定できません。今の「〜ぜよ」と話す龍馬像には、後の小説やドラマの影響もあると考えられます。
龍馬の名言には出典がはっきりしないものが多いのですか?
はい。35件のうち、自筆史料までたどれたのは2件、刊本で本文を確認できたのが10件、創作作品に由来するとの指摘が3件で、残る20件は出典を特定できませんでした。各名言はA〜Dの4区分で示しています。
『英将秘訣』とは何ですか?
龍馬が語ったことを書きとめたものと伝えられてきた文書で、「断見録」とも呼ばれます。千頭清臣『坂本竜馬』(1914年)に全文が収録されていますが、『維新史籍解題』(1935年)は「恐らくは何人かの仮作ならん」と判定しています。⑱⑲⑳㉚はこの条文です。
「世に生を得るは事を成すにあり」は龍馬の言葉ですか?
『英将秘訣』の一条で、千頭清臣『坂本竜馬』(1914年)では「世に生利を得るは事を成すに在り」と記されています。同書に載っていることは確認できますが、龍馬本人の言葉である確証はありません。また同じ文書には、殺害の手段や皆殺しを説く条文も並んでいます。
「日本を今一度せんたくいたし申候」はどういう意味ですか?
「日本という国を、洗濯するように立て直したい」という意味に読まれています。長州が攻撃した外国船を幕府が修理していることなど、幕府の対応への憤りの中で、姉・乙女への手紙に書かれた言葉です。
龍馬の名言をもっと知るにはどうすればいいですか?
まずは出典のたどれる手紙や和歌から入り、有名な名言は「本当に本人の言葉か」を意識して読むのがおすすめです。龍馬の生涯を知ると、言葉の背景もより深く理解できます。
インタビュー後記|坂本龍馬の言葉が今も響く理由
龍馬の言葉を35個、一つずつ出典を確かめてきました。
調べていて一番おもしろかったのは、私たちが「龍馬の名言」と思っているものの多くが、実は本人の史料や具体的な出典を特定できない言葉だったという点です。
この記事は一度公開したあと、国立国会図書館デジタルコレクションで明治・大正期の刊本を一冊ずつ当たり直して、大きく書き直しました。その結果、刊本で本文までたどれた言葉が10件ある一方で、以前に書いていた出典が誤っていた箇所も見つかりました。
③を『坂本竜馬言行録』所収としていた点、⑰を京都国立博物館の「詠草二 和歌」所収としていた点は、いずれも当たり直した結果、誤りだと分かったので改めています。
一番考えさせられたのは⑱⑲⑳㉚です。前向きな人生訓として並べていた4つが、ひとつの文書から切り出された条文で、その文書には人を殺す工夫を説く条文も並んでいました。名言集という形式そのものが、都合のよい部分だけを切り取ってしまうということを、自分の記事で思い知りました。
それでもこれらの言葉が愛されてきたのは、龍馬の生き方そのものが、人の背中を押す力を持っているからなのかもしれません。
言葉を「本人が本当に言ったか」で切り捨てるのではなく、どこまでが史実で、どこからが後世のイメージなのかを見分けたうえで、その生き方から何を受け取るか。そんな読み方ができると、龍馬はぐっと身近になります。
あなたは龍馬の生き方から、何を学びますか。
坂本龍馬という人物そのものについては、こちらの記事もあわせてどうぞ。
参考資料
- 文化遺産オンライン「坂本龍馬関係資料 詠草二 和歌」※②を含む六首が記された1通で、重要文化財。所蔵は京都国立博物館。⑰がこの六首に含まれないことの根拠でもあります(文化庁 国指定文化財等データベース)
- 国立国会図書館デジタルコレクション 千頭清臣『坂本竜馬』(博文館、1914年)※③(陸奥宗光の回想および遺事雑記の逸話)、④「龍馬曰く」、⑯の逸話、および『英将秘訣』全文。⑱⑲⑳の条文は同書のコマ147で文面を確認しました
- 国立国会図書館デジタルコレクション 渡辺修二郎 編『坂本竜馬言行録』(内外出版協会、1913年)※同書に③の語句が見あたらないことの確認(全文検索による)と、⑯のもとになった逸話
- 国立国会図書館デジタルコレクション 岩崎英重 編『坂本竜馬関係文書 第一』(日本史籍協会、1926年)※⑤⑰を含む和歌の並び、および⑭の姉・乙女宛書簡の翻刻
- 国立国会図書館デジタルコレクション 高梨光司『維新史籍解題 伝記篇』(明治書院、1935年)※『英将秘訣』を「龍馬の作として伝へらるゝも、確証の徴すべきものなく、恐らくは何人かの仮作ならん」と判定している箇所
- 国立国会図書館デジタルコレクション 熊代彦太郎 編/幸田露伴 閲『俚諺辞典』(金港堂、1906年)※⑤を作者を挙げずにことわざとして立項している箇所
- 国立国会図書館デジタルコレクション 東京文学院 編著『金言名句辞典 文士必携』(東京文学院、1928年)※⑤を同じくことわざとして立項している箇所
- 国立国会図書館デジタルコレクション 森茂『坂本竜馬 : 老荘的風雲児』(金雞学院、1927年)※④および⑱⑲㉚にあたる『英将秘訣』の条文
- 国立国会図書館デジタルコレクション 通俗教育研究会 編『逸話文庫 : 通俗教育 志士の巻』(大倉書店、1911年)※⑯のもとになった「馬鹿の幅」の逸話。本記事が確認した範囲では最も古い記録
- 国立国会図書館デジタルコレクション 千頭清臣 等編『東西偉人言行録』(博文館、1913年)※⑯の逸話
- 国立国会図書館デジタルコレクション 寺石正路『維新土佐歴史』(富士越書店、1917年)※⑯の逸話
- 高知県立坂本龍馬記念館※龍馬の手紙・関係資料の所蔵と展示
- 高知県立坂本龍馬記念館 龍馬FAQ「『英将秘訣』と龍馬の関係を、今わかっている範囲で教えて下さい。」※『英将秘訣』が千頭清臣『坂本龍馬』(1914年)で初めて紹介されたこと、平田派国学者志士グループの中に生まれたものと推定されていること、現在では龍馬とは無関係とする説が大勢を占めるとされること、殺害を説く条文が含まれることの出典
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「坂本龍馬の『これが日本の夜明けぜよ』というセリフはどの本に載っているか?」※名古屋市鶴舞中央図書館による調査事例。同館の調査でも典拠を特定できなかったこと
- 司馬遼太郎『竜馬がゆく』※⑥・⑩・㉛の創作元の候補として、名言紹介ページ等の二次資料が挙げるもの。本記事では原著の版・巻・頁を確認していません
- ピクシブ百科事典「日本の夜明け」※(「日本の夜明け」フレーズの由来に関する説の一つ)
※名言候補の収集と、名言⑤などの異説・出典不明語句が流通している状況の確認には、「坂本龍馬 – Proverb」「坂本龍馬の名言・人物紹介」ほかの名言サイトを参照しました。いずれも史実の判定には使っていません。





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