「あらすじ」で検索すると、全話のネタバレを掲げた記事がいくつも出てきます。開いてみると、中身はほとんど空欄でした。
無理もありません。放送は2027年1月からで、各話のあらすじもサブタイトルも、まだ出ていないからです。
この記事の結論
物語の流れをまとめた紹介文として、本記事が取り上げるのは制作発表時の<物語>です。 配役発表には役柄や一部の展開も示されていますが、各話のあらすじは未発表です。
- 1本
物語の流れをまとめた紹介文(制作発表の<物語>) - 28役
2026年9月24日までに発表された配役(第7次まで) - 2027年1月10日
初回放送の日(日曜・NHK総合)
この記事では、その<物語>の主な記述を取り上げて、どこまでが史料で確かめられる話なのかを見ていきます。題名と登場人物の読み方も、まとめて一覧にしました。
紹介文を読むと、この作品が何を「見せ場」に置こうとしているのかが分かります。そして史料に当たると、紹介文がさらりと書いた一文の裏に、まだ決着していない論点が隠れていることも分かります。
案内役として、忠順AI(小栗忠順をモデルにしたAI)にも登場してもらいます。ドラマは小栗の没後に作られたものですから、本人が内容を知っているという設定にはしていません。
※以下のインタビュー部分は、公開されている史料をもとに小栗忠順の人物像を再現した創作です。実際の発言をそのまま掲載したものではありません。
また、小栗の没後に作られた作品や、没後に伝わった話については、後の世のこととして伝えたうえで語ってもらう形にしています。
出典の確かめ方と、公開前に行っているチェックは編集方針にまとめています。

小栗さん、あなたを主人公にした物語が、私たちの時代で作られます。
ただ、まだ中身はほとんど公表されていません。今日は、公表されている分だけを一緒に読んでいければと思います。

中身が出ておらぬ物語を読む、とは面妖な話にて候。
もっとも、帳面も同じでございましょう。締まる前の勘定を、出ている数字だけで読む。そういうこともございます。
出ている分と、出ておらぬ分。まずはその境を引くところから始めましょうぞ。
- 『逆賊の幕臣』のあらすじ|公表されている物語を3文でまとめる
- あらすじは4つに分けて読む|どこまでが発表ずみか
- 『逆賊の幕臣』の読み方は「ぎゃくぞくのばくしん」|主人公の呼び名は3つあります
- 登場人物の名前の読み方一覧|発表ずみ28役
- 公式の紹介文は1860年の渡米から始まる|ポーハタン号と咸臨丸
- 小栗を取り立てたのは井伊直弼か|紹介文の根拠を確かめる
- 紹介文が並べる出来事を、年表で確かめる
- 紹介文の「日本初の株式会社」は何を指すのか
- 物語はどう終わるのか|紹介文は分かれ道で止まっている
- 放送はいつから?ここまでに決まっていること
- よくある質問(FAQ)
- インタビュー後記|空欄のまま置いておくと、見る楽しみが増える
- 参考資料
『逆賊の幕臣』のあらすじ|公表されている物語を3文でまとめる
制作発表で示された<物語>を、先に短くまとめます。
小栗忠順が遣米使節として渡米し、帰国後は幕府の要職で改革に取り組みます。勝海舟との考え方の違いも描かれます。ただし、ドラマがどの場面から始まり、どう結末を描くのかは発表されていません。
紹介文はこのほか、小栗が明治新政府から「逆賊」とみなされたこと、勝海舟と対照的な人物として描かれることにも触れています。
一方で、各話のサブタイトルとあらすじ、全何回かは、2026年9月24日の時点では出ていません。
「全話あらすじ」を掲げた記事の多くは、小栗の生涯でそのすき間を埋めています。史実を追う分には役に立ちますが、ドラマの筋書きではありません。
紹介文の主な記述は、この後の各節で取り上げます。
あらすじは4つに分けて読む|どこまでが発表ずみか
いま「あらすじ」として読めるものは、確かめ方が4つに分かれます。 この区別をつけないまま読むと、まだ発表されていないことまで決まったように見えてしまいます。
- 公表された紹介文:2025年3月3日の制作発表で示された<物語>。NHK財団が運営するステラnetと、制作発表を報じた美術展ナビ(読売新聞社)の双方に、同じ文面が掲載されています
- 配役発表で示された役どころ:番組は配役を出すたびに、その人物の立場を短く説明しています。父・忠高を「一見温厚で昼行燈な入り婿の父。その胸中の秘密とは?」と紹介するなど、展開をうかがわせる書き方も含まれます
- 史実から見通せる部分:紹介文が触れる出来事の年月日や結末。史料や自治体の資料でたどれます
- まだ発表されていない部分:各話のサブタイトルとあらすじ、全何回か、どの場面をどこまで描くか
なお、NHKの番組ホームページそのものは、今回の調査環境から取得できませんでした。この記事が根拠にしているのは、ステラnetと美術展ナビに掲載された<物語>です。引用の表記は美術展ナビのものにそろえました。
『逆賊の幕臣』の読み方は「ぎゃくぞくのばくしん」|主人公の呼び名は3つあります
題名は「ぎゃくぞくのばくしん」と読みます。
「逆賊」は事典に載っている語です。『デジタル大辞泉』は「主君に背く者。謀反をなす者」、『精選版 日本国語大辞典』は「主君にそむいた賊徒。むほんを起こした悪人」と説明します。
主人公の名前も読みに迷いやすいところです。「小栗忠順」はおぐり ただまさと読みます。コトバンク収録の事典は、今回確認した範囲ではすべて「おぐり‐ただまさ」で見出しを立てていました。
呼び名が3つあるのも、迷う原因です。整理しておきます。
- 忠順(ただまさ):諱(いみな)。本名にあたる名前です
- 又一(またいち):通称。小栗家で受け継がれた名で、忠順も家督を継いだときに又一と改めています
- 上野介(こうずけのすけ):官途名。コトバンクは「小栗上野介」の項目を「オグリコウズケノスケ」で立てています
なお、渡米した1860年の時点では、官職は上野介ではありませんでした。『日本大百科全書』は使節の顔ぶれを「目付小栗豊後守忠順」と記します。
ただし国立国会図書館の人物データは別名を「豊後介」としており、資料によって表記が分かれます。
登場人物の名前の読み方一覧|発表ずみ28役
読みにくい名前が多い作品です。発表ずみ28役の読みを、発表された順に並べます。
| 役名 | 読み | 演じる人 |
|---|---|---|
| 小栗忠順 | おぐり ただまさ | 松坂桃李さん |
| 勝海舟 | かつ かいしゅう | 大沢たかおさん |
| 小栗忠高 | おぐり ただたか | 北村有起哉さん |
| くに | ― | 鈴木京香さん |
| みち | ― | 上白石萌音さん |
| 井伊直弼 | いい なおすけ | 岡部たかしさん |
| 安積艮斎 | あさか ごんさい | 中村雅俊さん |
| 栗本鋤雲 | くりもと じょうん | 青木崇高さん |
| 駒井朝温 | こまい ともあつ | 高橋光臣さん |
| 滝川具挙 | たきがわ ともたか | 宮野真守さん |
| 朝比奈昌広 | あさひな まさひろ | 芝大輔さん |
| 三野村利左衛門 | みのむら りざえもん | 荒川良々さん |
| 徳川家慶 | とくがわ いえよし | 宅麻伸さん |
| 徳川家定 | とくがわ いえさだ | ふかわりょうさん |
| 徳川家茂 | とくがわ いえもち | 神尾楓珠さん |
| 阿部正弘 | あべ まさひろ | 岩田剛典さん |
| 鳥居耀蔵 | とりい ようぞう | 北村一輝さん |
| 徳川斉昭 | とくがわ なりあき | 柄本明さん |
| 小栗忠道 | おぐり ただみち | 齋藤潤さん |
| 荒川祐蔵 | あらかわ ゆうぞう | 草川拓弥さん |
| 佐藤藤七 | さとう とうしち | 甲本雅裕さん |
| 建部政醇 | たけべ まさあつ | 飯尾和樹さん |
| たみ | ― | 瀧内公美さん |
| 武笠祐左衛門 | むかさ ゆうざえもん | ANIさん |
| 孝明天皇 | こうめいてんのう | 眞栄田郷敦さん |
| 明治天皇 | めいじてんのう | 奥野壮さん |
| 岩倉具視 | いわくら ともみ | 山中崇さん |
| 鷹司政通 | たかつかさ まさみち | 長塚京三さん |
「くに」「みち」「たみ」は、もともと仮名で発表されているため読みの欄を空けました。
それぞれの人物が小栗とどうつながるのかは、別の記事で相関図にまとめています。

あなたの名前は、私たちの時代では読み方から調べる人が多いようです。

諱を声に出して呼ぶことは、私の世では避けられておりました。
人が私を呼ぶときは、又一か、上野介でございます。
読みで難儀をかけておるとは、思いも寄らぬことにて候。
公式の紹介文は1860年の渡米から始まる|ポーハタン号と咸臨丸
紹介文の書き出しは、渡米の場面です。ドラマ本編がどの場面から始まるのかは、発表されていません。
万延元年(1860年)。小栗忠順は、日本初の遣米使節団の中核として米艦ポーハタン号に迎えられ、大海原に乗り出す栄誉を得ていた。一方、日本の軍艦として随行する咸臨丸の勝海舟は、体調不良で船室から出ることができず、米軍士官に指揮権を譲渡するという屈辱に震えていた。
出典:美術展ナビ(読売新聞社)「2027年の大河ドラマは『逆賊の幕臣』」(2025年3月3日)
ここで小栗と勝を並べたことに、この作品の狙いが出ています。 続く一文が「だが後世、偉業として語り継がれているのは『咸臨丸』の方だ」だからです。
史実の側を確かめます。小栗は目付として遣米使節に加わり、ポーハタン号で渡っています。咸臨丸には乗っていません。
咸臨丸には、ジョン・M・ブルックら米海軍の一行が同乗していました。国立国会図書館のコラムは、ブルックを「浦賀からサンフランシスコへの航行を指導した米国人士官」と説明しています。
ただし「勝が船室から出られず指揮権を譲った」という書き方は、紹介文の表現です。航海中に何が起きていたかは、乗っていた人たちの記録どうしでも食い違います。

紹介文は、あなたが海を渡る場面から書き起こされています。

あの航海から、でございますか。
私は目付として、ポーハタン号にてまいりました。咸臨丸は別の船にて候。
勝どのが船でどうしておられたかは、私が申せる話ではございません。
小栗を取り立てたのは井伊直弼か|紹介文の根拠を確かめる
紹介文は「小栗を最初に取り立てたのは、大老・井伊直弼だった」と書きます。ドラマでは井伊直弼を岡部たかしさんが演じます。
この一文の根拠を探しましたが、事典では見つかりませんでした。
- コトバンク収録の井伊直弼の項目:今回確認した限り、小栗忠順への言及がありません
- 菩提寺・東善寺:遣米使節への選任を「井伊大老の抜擢により」と書いています
- 幕末の文書:井伊が小栗を抜擢したと書けるものは、今回確認できていません
事実でないという意味ではありません。根拠として示せるのが、菩提寺の伝えるところにとどまる、ということです。
ドラマがこの関係をどう描くかは、放送を待つしかありません。ただ「井伊が見出した」という筋立てが、史料でそのまま裏づけられるわけではないことは、先に知っておいてよいと思います。
この点は、[『逆賊の幕臣』の人物相関図の記事](https://historical-people-ai.com/gyakuzoku-cast/)でさらに詳しくたどりました。
紹介文が並べる出来事を、年表で確かめる
紹介文の中盤は、出来事の名前が次々に出てきます。順に並べると、紹介文が1860年からのおよそ7年をたどっていることが分かります。
| 紹介文に出てくる出来事 | 和暦 | 西暦 |
|---|---|---|
| 遣米使節として渡米 | 安政7年1月出航〜万延元年9月帰国 | 1860年2月〜11月 |
| 井伊の暗殺(桜田門外の変) | 安政7年3月3日 | 1860年3月24日 |
| 皇女・和宮の降嫁 | 文久元年〜2年 | 1861〜1862年 |
| 生麦事件 | 文久2年8月21日 | 1862年9月14日 |
| 将軍の上洛 | 文久3年 | 1863年 |
| 長州征討 | 元治元年/慶応2年 | 1864年/1866年 |
| フランスからの支援 | 慶応元年〜2年 | 1865〜1866年 |
| 徳川慶喜が将軍の座に | 慶応2年12月 | 1867年1月 |
長州征討を2つ並べたのは、元治元年と慶応2年の2度あるためです。紹介文はどちらとも書いていません。将軍の上洛も、文久3年のあと元治元年・慶応元年にもあります。
フランスからの支援も、紹介文は何を指すか書いていません。横須賀製鉄所の請負(慶応元年)と借款契約(慶応元年・慶応2年)のどちらも当てはまります。
なお、紹介文は徳川慶喜の本心が見えなくなっていくところまでで、大政奉還や戊辰戦争の名前は出てきません。

和暦と西暦、そこに元号の切り替わりが重なると、同じ年でも呼び名が変わってしまいますね。

改元は、さほど珍しいことではございませぬ。
使節の船が発ったのは安政七年の正月、戻ったのは万延元年の九月。どちらも同じ一年の内にて候。
帳面の日付も、書いた者がどの年号で数えておるかを確かめねば、合わなくなりまする。
この時期の小栗は、勘定奉行・軍艦奉行・外国奉行といった役を行き来しています。紹介文が「財政・外交・軍事を預かる要職を歴任」と書くのは、このことです。
なお和暦の月日は、そのまま西暦の月日にはなりません。桜田門外の変の「3月3日」は、西暦では3月24日にあたります。
元号も切り替わります。この年は3月18日に安政から万延へ改元されました。桜田門外の変も、使節が横浜を発った安政7年1月22日(1860年2月13日)も、改元より前の出来事です。
帰国した9月27日には万延元年になっていました。渡航の後半が万延元年にかかるため、この使節は「万延元年遣米使節」と呼ばれます。
この時期に小栗が何をしたかは、基本の記事にまとめてあります。
紹介文の「日本初の株式会社」は何を指すのか
紹介文は主人公の紹介で、小栗の事績に「日本初の株式会社設立」を挙げています。ただし、どの事業を指すのかは書かれていません。
そう呼ばれることがあるのは、慶応3年(1867年)に小栗が提案した兵庫商社です。高崎市も小栗の功績の一つに「日本初の株式会社の設立」を挙げていますが、どの事業を指すかは書いていません。
学術論文の見方は少し違います。柚木学「兵庫商社と維新政府の経済政策」(『社会経済史学』35巻2号、1969年)の英文抄録です。
抄録は兵庫商社を「日本で最初の近代的な会社」とし、商人らが出資した共同事業(partnership)として捉えています。株式会社だったとは述べていません。
幕府の崩壊とともに消滅したとも書かれています。本記事が確認できたのは英文抄録までで、本文は読んでいません。
紹介文は同じ段落で「70回」の辞職・再任を「という伝説も」と書き、大隈重信の評価も「語ったという」と結んでいます。書き手の側も、伝えられている話と確かめられる話を分けて書いているということです。
横須賀製鉄所のほうは、資料がもっと具体的です。こちらは別の記事でたどりました。

あなたの事績として『日本初の株式会社』という言い方が使われています。

株式会社、と申すものが何を指すのか、私には分かりかねます。
兵庫の商社は、商人衆に元手を出し合わせる仕組みであったと、そなたらの世の論文は説くそうな。私の狙いがどこにあったかまでは、残っておらぬのでございましょう。
それを後の世が何と呼ぶかは、そなたらの決めることでございましょう。
物語はどう終わるのか|紹介文は分かれ道で止まっている
紹介文の末尾は、結末を書いていません。小栗と勝の対比で閉じます。
幕府を「改良」して人々を束ねる「仕組み」を作りたい小栗と、幕府を「解体」してでも実力ある「個人」を活躍させたい勝、その運命は大きく分かれていく……。
出典:美術展ナビ(読売新聞社)「2027年の大河ドラマは『逆賊の幕臣』」(2025年3月3日)
史実の結末は分かっています。小栗は慶応4年閏4月6日(1868年5月27日)、上野国の水沼河原で斬首されました。
この日付は、閏4月6日とする資料が多い一方、閏4月5日と記す事典もあります。養子の又一忠道は、その翌日に斬られています。
- 隠棲地は権田村、処刑地は水沼河原(いずれも現在の群馬県高崎市倉渕町)。同じ場所ではありません
- 捕らえる前の追捕令には「逆謀判然」、処刑の日の札には「叛状明白」の語があります
- 取り調べがあったかは資料で食い違います。三藩の家記は「糺問之上」とし、『高崎市史』は「一モ訊問セズ」と書きます
なぜ斬首されたのかを一つに決められる史料は、今回確認できていません。その経緯は、専用の記事でたどりました。
ドラマがどこまでを描くのか、最終回がこの日を扱うのかは、発表されていません。
放送はいつから?ここまでに決まっていること
初回放送は2027年1月10日(日)です。NHK総合で放送されます。
放送の時刻については、本記事が確認できた資料に具体的な記載がありませんでした。大河ドラマは、日曜の夜8時台の枠で放送されています。
決まっていることと、まだ出ていないことを分けて並べます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品 | NHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』。シネマトゥデイは「第66作目」と伝えています |
| 初回放送 | 2027年1月10日(日)・NHK総合 |
| 主演 | 松坂桃李さん(小栗忠順 役)。大河ドラマ出演3作目で主演は初 |
| 脚本 | 安達奈緒子さん(大河ドラマは初執筆)。制作情報の表記は「作:安達奈緒子」です |
| 原作 | 公表されている制作情報に「原作」の記載は確認できませんでした |
| 制作統括 | 勝田夏子さん・深川貴志さん |
| 時代考証 | 岩下哲典さん・門松秀樹さん |
| 配役 | 2026年9月24日時点で7回に分けて28役 |
| 各話のあらすじ | 未発表 |
| 全何回か | 未発表 |
| 企画の背景 | 2027年が小栗忠順の生誕200年にあたります |
制作統括の勝田夏子さんは、制作発表で次のように話しています。近年の研究の見直しを踏まえた作品だという説明です。
このドラマは幕臣の側から描く幕末です。(中略)近年は見直しが進んでいて、幕府が近代化の種を蒔き、先進的な取り組みをしていたことが明らかになっています。
出典:美術展ナビ(読売新聞社)「2027年の大河ドラマは『逆賊の幕臣』」(2025年3月3日)
配役の発表は2025年3月から2026年9月まで7回。レオン・ロッシュ、ヴェルニー、徳川慶喜など、小栗の生涯に欠かせない人物はまだ出ていません。
よくある質問(FAQ)
『逆賊の幕臣』は何と読みますか?
「ぎゃくぞくのばくしん」と読みます。「逆賊」は事典に載る語で、『デジタル大辞泉』は「主君に背く者。謀反をなす者」と説明します。主人公の小栗忠順は「おぐり ただまさ」です。
各話のあらすじはどこで読めますか?
物語の流れをまとめた紹介文として本記事が取り上げるのは、制作発表時の<物語>です。配役発表にも役どころや一部の展開が示されていますが、各話のあらすじと全何回かは、2026年9月24日の時点で未発表です。
公式の紹介文はどの場面から始まりますか?
「万延元年(1860年)」、小栗が遣米使節としてポーハタン号で渡米する場面です。なお出航そのものは、改元より前の安政7年1月にあたります。ドラマ本編がどの場面から始まるかは、発表されていません。
原作はありますか?
公表されている制作情報には「作:安達奈緒子」とあり、「原作」の記載は確認できませんでした。安達奈緒子さんにとって、大河ドラマは初の執筆になります。
小栗を抜擢したのは井伊直弼ですか?
紹介文はそう書いています。ただしコトバンク収録の井伊直弼の項目には、今回確認した限り小栗への言及がありません。登用を伝えているのは菩提寺の東善寺で、遣米使節への選任を「井伊大老の抜擢により」と書いています。
最終回はどこまで描かれますか?
発表されていません。史実の小栗は慶応4年閏4月6日(1868年5月27日)に斬首されています。閏4月5日と記す事典もあります。紹介文は、小栗と勝海舟の道が分かれるところで筆を止めています。
「上野介」は何と読みますか?
「こうずけのすけ」です。官途名で、本名にあたる諱は「忠順」、通称は「又一」です。渡米した1860年の時点は上野介ではなく、事典は「豊後守」、国立国会図書館の人物データは「豊後介」と表記しています。
インタビュー後記|空欄のまま置いておくと、見る楽しみが増える
「あらすじ」を調べて、いちばん驚いたのは中身の薄さではありませんでした。空欄だとはっきり書いてある記事が、ほとんどなかったことです。
全話ネタバレを掲げた記事を開くと、並んでいるのは小栗の生涯でした。それはそれで読みごたえがあります。ただ、ドラマの筋書きとして読むと、話が違ってきます。
一方で、公表されている紹介文はよく書けていました。渡米の場面から入り、小栗と勝を並べ、最後は分かれ道で止める。結末を書かずに、対比だけを置いて終わっています。
その紹介文を読み直して、面白いことに気づきました。「70回」の辞職・再任は「という伝説も」、大隈重信の評価は「語ったという」。書き手の側が、伝えられている話をそれと分かる形で書いています。
いっぽう「井伊直弼が取り立てた」や「日本初の株式会社」は、そのまま事実として置かれています。同じ紹介文のなかに、2つの書き方が混じっているのです。
分からないことを分からないまま置いておくと、放送が始まってからの楽しみが増えます。ここは記録が黙っているところだ、と知ったうえで脚本の手つきを見る。そういう見方ができます。

紹介文は、あなたと勝さんが分かれるところで終わっていました。

分かれ道で止める、とは心得たものにて候。
勝どのと私が何を違えたのか、それは今も私自身、言葉にしきれておりませぬ。
仕組みを作るか、人を放つか。そのように括られてしまえば、そんな気もしてまいります。

放送は2027年1月10日からです。

私の見届けられぬ先の話でございますな。
ここからは創作としての物言いと思われよ。分かれ道に立ったつもりがあったかどうか、目の前の勘定を合わせておっただけ、と申したい気もいたします。
あなたは、公表された紹介文のどこから、この物語を読み始めますか。
参考資料
- 美術展ナビ(読売新聞社)「2027年の大河ドラマは『逆賊の幕臣』 主人公は天才肌の幕臣、小栗忠順 松坂桃李さん主演」※2025年3月3日の制作発表。本記事が引用した<物語>の表記、制作統括・脚本・主演のコメント
- シネマトゥデイ「大河ドラマ『逆賊の幕臣』松坂桃李&脚本・安達奈緒子の起用理由は?」※「第66作目」という表記、起用理由についての制作統括の説明
- ステラnet「大河ドラマ『逆賊の幕臣』」※作品概要と配役発表の一覧
- ステラnet 第3次配役発表(2026年2月25日掲載)※<物語>の本文、制作情報の表記が「作:安達奈緒子」で「原作」の記載がないこと、小栗忠高・くに・みち・井伊直弼・安積艮斎の5人と役どころ、制作統括・時代考証・演出の氏名
- ステラnet 第4次配役発表(2026年4月24日)※栗本鋤雲・駒井朝温・滝川具挙・朝比奈昌広・三野村利左衛門の読みと役どころ
- ステラnet 第5次配役発表(2026年6月23日)※徳川家慶・家定・家茂・阿部正弘・鳥居耀蔵・徳川斉昭の6人
- ステラnet 第6次配役発表(2026年8月28日)※初回放送が2027年1月10日であること、番組ロゴの決定、小栗忠道・荒川祐蔵・佐藤藤七・建部政醇・たみ・武笠祐左衛門の読みと役どころ
- ステラnet 第7次配役発表(2026年9月15日)※孝明天皇・明治天皇・岩倉具視・鷹司政通の4人
- 高崎市 観光サイト「大河ドラマ『逆賊の幕臣』の主人公 小栗上野介忠順」※初回放送日が2027年1月10日に決定したこと
- コトバンク「逆賊」※『デジタル大辞泉』『精選版 日本国語大辞典』『普及版 字通』の語義
- コトバンク「万延元年遣米使節」※和暦正月22日(陽暦2月13日)にポーハタン号で横浜を出帆し、和暦9月27日に品川沖へ帰着したこと、「目付小栗豊後守忠順」の表記
- コトバンク「万延」※安政7年3月18日の改元と、その理由
- コトバンク「桜田門外の変」※安政7年3月3日の出来事であること
- コトバンク「小栗忠順」※読みが「おぐり‐ただまさ」で立てられていること、経歴、没日に閏4月5日と6日の説があること
- コトバンク「小栗上野介」※「オグリコウズケノスケ」の読み
- コトバンク「安積艮斎」※「アサカゴンサイ」の読みと経歴
- コトバンク「井伊直弼」※大老就任と桜田門外の変。※小栗忠順への言及がないことの確認に使いました
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像 小栗忠順」※生没年と、又一・豊後介・上野介の別名
- 国立国会図書館「咸臨丸、発展途上の船出――赤松とブルックの日記から」※ブルックを「浦賀からサンフランシスコへの航行を指導した米国人士官」と説明していること
- 柚木学「兵庫商社と維新政府の経済政策」『社会経済史学』35巻2号(1969年)※英文抄録が兵庫商社を「日本で最初の近代的な会社」とし、partnership として捉えていること、幕府の崩壊とともに消滅したとすること。本記事が確認したのは英文抄録のみです
- 国立国会図書館デジタルコレクション 太政官編『復古記』第11冊(内外書籍、1931年)※高崎・安中・吉井三藩の家記の「糺問之上」
- 国立国会図書館デジタルコレクション 群馬県碓氷郡編『碓氷郡志』(1923年)※処刑の日の札の文言
- 国立国会図書館デジタルコレクション 高崎市編纂『高崎市史』(1927年)※「一モ訊問セズ」
- 国立国会図書館デジタルコレクション 蜷川新『維新前後の政争と小栗上野の死』(日本書院、1928年)※追捕令の全文(「逆謀判然」の文言)。※著者は小栗の妻・道子の妹の子にあたり、身内の立場から書かれた本です
- 高崎市「本市ゆかりの幕臣・小栗上野介」※処刑の日付と場所、倉渕町で過ごした65日、功績の一覧に「日本初の株式会社の設立」を挙げていること(事業名は書かれていません)
- 東善寺「小栗上野介とは」※遣米使節への選任を「井伊大老の抜擢により」と書いていること







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