勝海舟の名言は、他の偉人とくらべて特別な事情があります。談話をもとに編まれた本が残っているのです。『氷川清話』と『海舟座談』。いずれも晩年の海舟の談話記録をもとに編まれた本です。
これは名言をたどるうえで、たいへんありがたい話です。ところが調べていくと、そう単純でもないことが分かってきました。『氷川清話』のテキストには、編者の手がかなり入っているのです。
この記事の結論
もう一つ驚いたことがあります。検索上位の名言サイトで繰り返し見かける「行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない」。この言葉には原文があり、それは現代語ではありませんでした。
今回は34件を集めて、出どころをたどりました。結果は次のとおりです。
- 2件
同じ1通の書簡にある文言として確認 - 32件
本記事では原典の該当箇所まで確認できず - 1893〜1898年
『氷川清話』のもとになった談話の年代
「確認できず」は「その言葉が存在しない」という意味ではありません。本記事が原典や校訂版の該当ページまで当たれなかった、という調査範囲の報告です。
各項目には「出典・解釈・現代へのヒント」の表と解説を添えました。番外編では、有名な一句の原文と流布形を並べて比べます。
語り手として海舟AI(勝海舟をモデルにしたAI)にも登場してもらいます。区分Bでは、海舟AIの発言も流布している言葉の意味をもとに構成した創作であり、海舟本人が実際にこう語ったことを示すものではありません。
※以下の海舟AIの発言部分は、公開されている史料をもとに勝海舟の人物像を再現した創作です。海舟本人の発言を記録したものではありません。掲載する項目は、出典をたどれたものに根拠を示し、本記事でたどりきれなかったものは区分Bとして明記しています。海舟AIが語る背景や意味の説明にも創作を含みます。

本や資料でしか知らなかった勝さんと、こうして言葉について語り合えるとは……。少し緊張しますが、それでは勝さん、よろしくお願いします。

おう、よく来たな。書物の向こうから引っぱり出されるとは、妙な気分だぜ。
おれの言葉とやらの出どころを、一つひとつ当たってみるって話かい。物好きなこった。
だがまあ、悪い仕事じゃねえ。分からねえところは分からねえと言うから、そのつもりで聞きな。
- 勝海舟の名言を読み解く前に|どんな人物だったか
- 『氷川清話』は勝の言葉そのものなのか|出典の2区分
- 勝海舟の名言・伝承34選
- 名言①「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与からず我に関せず」
- 名言②「従古当路者古今一世之人物にあらざれば、衆賢之批評に当る者あらず」
- 名言③「何でも大胆にかからねばならぬ。難しかろうが、易しかろうが、そんな事は考えずに、いわゆる無我の境に入って断行するに限る」
- 名言④「外国へ行く者が、よく事情を知らぬから知らぬからと言うが、知って行こうというのが良くない。何も用意しないでフイと行って、不用意に見て来なければならぬ」
- 名言⑤「行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない」
- 名言⑥「事を成し遂げる者は愚直でなければならぬ。才走ってはうまくいかない」
- 名言⑦「人には余裕というものが無くては、とても大事はできないよ」
- 名言⑧「その人がどれだけの人かは、人生に日が当たってない時にどのように過ごしているかで図れる」
- 名言⑨「人の一生には、炎の時と灰の時があり、灰の時は何をやっても上手くいかない」
- 名言⑩「世の中に無神経ほど強いものはない」
- 名言⑪「自分の価値は自分で決めることさ。つらくて貧乏でも自分で自分を殺すことだけはしちゃいけねぇよ」
- 名言⑫「生死を度外視する決心が固まれば、目前の勢いをとらえることができる」
- 名言⑬「急いでも仕方がない。寝ころんで待つのが第一だと思っています」
- 名言⑭「機先を制するというが、機先に遅れる後の先というものがある」
- 名言⑮「その間、十年焦らずじっとかがんでいれば、道は必ず開ける」
- 名言⑯「やるだけのことはやって、後のことは心の中で、そっと心配しておれば良いではないか」
- 名言⑰「世に処するには、どんな難事に出逢っても臆病ではいけない」
- 名言⑱「人間の精根には限りがあるから、あまり多く読書や学問に力を用いると、いきおい実務の方にはうとくなるはずだ」
- 名言⑲「功名をなそうという者には、とても功名はできない」
- 名言⑳「島国の人間は、どこも同じことで、とにかくその日のことよりほかは目につかなくって、五年十年さきはまるで暗やみ同様だ」
- 名言㉑「人はみな、さまざまに長ずるところ、信ずるところを行えばよいのさ」
- 名言㉒「生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤があるねえ」
- 名言㉓「もし成功しなければ、成功するところまで働き続けて、けっして間断があってはいけない」
- 名言㉔「あれのこれのと心配ばかりしていては、自然と気が餓え神が疲れて、とても電光石火に起こりきたる事物の応接はできない」
- 名言㉕「世人は、首を回すことは知っている。回して周囲に何があるか、時勢はどうかを見分けることはできる。だが、もう少し首を上にのばし、前途を見ることを覚えないといけない」
- 名言㉖「学者になる学問は容易なるも、無学になる学問は困難なり」
- 名言㉗「人間、数ある中には、天の教えを受ける勘を備えている者がある」
- 名言㉘「大事をなすには寿命が長くなくてはいけないよ」
- 名言㉙「時勢の代わりというものは妙なもので、人物の値打ちががらりと違ってくるよ」
- 名言㉚「敵は多ければ多いほど面白い」
- 名言㉛「天下の大勢を達観し、事局の大体を明察して、万事その機先を制するのが政治の本体だ」
- 名言㉜「外交の極意は、誠心誠意にある」
- 名言㉝「政治家の秘訣は何もない。ただ『誠心誠意』の四文字ばかりだ」
- 名言㉞「人はなんでも範囲を脱しなくちゃいけないよ。眼を大局に注がなくちゃいけないよ」
- 【番外編】「行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない」の原文を並べて比べる
- 34件から見えてくる3つの傾向
- よくある質問(FAQ)
- インタビュー後記|言い換えられた言葉の手前にあるもの
- 参考資料
勝海舟の名言を読み解く前に|どんな人物だったか
言葉の背景を知るために、まずは海舟がどんな人物だったのかを確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 勝海舟(かつ かいしゅう)。本名は勝義邦、明治以降は安芳 |
| 生没年 | 1823年〜1899年 |
| 出身 | 江戸本所(現在の東京都墨田区) |
| 活躍した時代 | 幕末〜明治 |
| 主な立場 | 幕臣。軍艦奉行、陸軍総裁。明治期は海軍卿・枢密顧問官 |
| 一言でいうと | 幕府側にありながら開国と近代化を説き、江戸城の明け渡しをまとめた人物 |
海舟は貧しい旗本の家に生まれ、蘭学と剣術を学びました。咸臨丸で渡米し、自身の建言を受けて幕府が設けた神戸海軍操練所に関わるなど、日本の海軍の基礎づくりに携わっています。
1868年には新政府軍の西郷隆盛と会談し、江戸城の明け渡しをまとめました。明治以降も政府に仕え、旧幕臣の立場から発言を続けています。
その生涯は、こちらの記事で詳しく紹介しています。

勝さんが生きた時代は、どんな時代でしたか。

そりゃあもう、地面が動いてるような時代さ。
黒船が来て、幕府が倒れて、気がつきゃ新しい世になってた。昨日の常識が今日は通らねえ。
おれみてえな貧乏旗本の小せがれが表に出られたのも、世がひっくり返ったからよ。運がよかったとも言えるし、厄介な時に生まれたとも言えるな。
『氷川清話』は勝の言葉そのものなのか|出典の2区分
名言を読む前に、この記事の下ごしらえを説明させてください。海舟の名言は、その多くが『氷川清話』に由来するとされています。ところがこの本のテキストには、成り立ちのうえで注意したい点があります。
『氷川清話』は、吉本襄が1897年から1898年にかけて刊行しました。もとになったのは、新聞や雑誌に載った海舟の談話です。松浦玲らの調査により、1893年から1898年の記事が原典であることが明らかになっています。
注意したいのは編集の仕方です。吉本は漢文や文語だった原文を口語に書き直したと指摘されています。もしそうであれば、私たちが読んでいる文章には、海舟の発言そのままの文言ではなく、吉本が口語に整えた文章が含まれることになります。
さらに時事批判を削り、政治家の名前を伏せて、時事評論を一般論に変えた箇所もあるとされます。
戦後は複数の校訂版が出ました。講談社の紹介によれば、講談社学術文庫版は江藤淳・松浦玲による完全校訂版で、流布本を検討し直し、未収録だった談話を加えて再編集したものです。
流布本を検討し直す作業が必要とされたことは、広く読まれてきたテキストに確かめるべき点があったことを示しています。ほかに勝部真長による角川文庫版、川崎宏による中央公論新社版があります。
| 区分 | どんな言葉か | 件数 |
|---|---|---|
| A|書簡が所蔵され、文面も確認できる | 海舟が書いた書簡として慶應義塾福澤研究センターに所蔵され、刊本で文面もたどれるもの | 2件 |
| B|本記事では原典を確認できず | 広く流布しているが、原典や校訂版の該当箇所まで本記事が確認できなかったもの | 32件 |
区分Bには、『氷川清話』や『海舟座談』に由来する可能性のある言葉もあります。ただし本記事は各項目について該当箇所に当たっていません。そのため「出典なし」ではなく「本記事では確認できず」と書き分けています。
区分Bの言葉が原典で見つかる可能性は十分にあります。確かめられていないのは、あくまで本記事の調査範囲の問題です。
そのうえで、区分を分ける意味はあると考えました。「談話の記録がある」ことと「この言い回しで語った」ことは、別だからです。

談話を書き取った本が残っているのは、勝さんならではです。ただ、編者が手を入れていたようで。

おれがその本の出来上がりをどう思ったか、おまえさんが調べた範囲じゃ記録を確かめられなかったんだろう。だからここは作り物の物言いと思って聞きな。
しゃべった言葉ってのは、書き取る奴の手が入るもんだ。文語を口語に直したというなら、そりゃもう半分はその男の文章だろうよ。
おれの名で出てるからって、そっくりおれの言葉と思わねえほうがいい。
勝海舟の名言・伝承34選
ここからが本題です。検索上位のサイトに繰り返し出てくる言葉を集め、文面を確認できたものを先頭に置きました。
- 文面を確認できた言葉を、根拠ごと先に示すこと
- 複数のサイトに繰り返し載っている言葉を落とさないこと
- 確認できなかったものは、隠さず「本記事では確認できず」と書いて載せること
件数の多さを競うつもりはありません。この記事でお見せしたいのは、どこまで出どころをたどれて、どこから先はたどれなかったかです。それでは1つずつ見ていきましょう。
名言①「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与からず我に関せず」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分A。福沢諭吉が『瘠我慢の説』の草稿を送ったのに対する、1892年(明治25年)2月6日付の海舟の答書。慶應義塾福澤研究センターに書簡が所蔵され、『瘠我慢の説』とともに1901年に時事新報社から刊行された本で文面をたどれます |
| 解釈 | 進退は自分の中にある。褒めるも貶すも他人の言い分で、自分には関わりのないことだ |
| 現代へのヒント | 評価は他人の領分だと決めておくと、判断が鈍らない |
この記事のなかで、もっとも根拠のはっきりした一件です。福沢諭吉が海舟の身の処し方を批判した『瘠我慢の説』の草稿を送り、返答を求めたのに対し、海舟が返した書簡の一節です。
この批判を書き送った福沢の側の言葉も、『瘠我慢の説』を含めて原文から追いかけています。
刊本に載る日付は「二月六日」だけですが、この書簡は慶應義塾福澤研究センターに所蔵されています。慶應義塾史展示館の出品目録に「勝安芳(海舟) 福澤諭吉宛書簡(行蔵は我に存す) 明治25年(1892)2月6日」と記載されており、年まで確かめられます。
原文は候文(そうろうぶん)で、現代語ではありません。「与からず」は「あずからず」と読みます。批判に反論するのでも認めるのでもなく、評価そのものを他人の領分として突き放しています。
答書には「各人へ御示御座候とも毛頭異存無之候」とも書かれています。誰に見せてもかまわない、という意味です。
なお、本記事が読んだのは刊本に収められた文面で、所蔵されている書簡そのものは見ていません。刊本に収められた文面は青空文庫で読むことができます。

福沢諭吉さんの批判に対して、この一文を返されています。

おう、あの手紙かい。福沢さんが痛烈なやつを送ってきたんでな。
言い返したところで仕方があるめえ。おれのやったことはおれの中にある、褒めるも貶すもそっちの勝手だ、と書いた。それだけさ。
もっとも、あれが後の世に刷られて残るとは思っちゃいなかった。そいつぁおれの知らねえ話だぜ。
名言②「従古当路者古今一世之人物にあらざれば、衆賢之批評に当る者あらず」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分A。名言①と同じ答書の冒頭部分 |
| 解釈 | 昔から、要職にある者が多くの賢者の批評に堪えるのは、よほどの人物でなければ難しい |
| 現代へのヒント | 批評に堪えるのは難しいと知っておくと、批判そのものに驚かずにすむ |
名言①の直前に置かれた一文です。有名なのは①のほうですが、こちらを先に読むと、あの突き放した物言いの背景が見えてきます。
要職にある者が多くの賢者の批評に堪えるのは容易ではない、という前置きを置いたうえで、自分に寄せられた批判を受け止めています。批判を否定してはいないのです。
続けて「実に慙愧に不堪ず、御深志忝存候」と書いています。恥じ入るばかりで、ご厚意はありがたく思う、という意味です。①だけを読むと強がりに見えますが、通して読むと印象が変わります。

答書は、この一文から始まっています。

そっちを先に読んでくれたか。ありがてえ。
表に立つ役目についた者が、大勢の賢い衆の批評に堪えるってのは、なまなかのことじゃねえ。おれもその口さ。
だから恥じ入るとも書いた。強がって突っぱねたわけじゃねえ。そこを汲んでもらえりゃ十分さ。
ここから③〜㉞の32件は区分Bです。いずれも複数の名言サイトに載っていますが、どこに書かれた言葉なのか、本記事では原典まで当たれませんでした。同じ断りは各項目の表の「出典」欄に記し、本文では繰り返しません。
名言③「何でも大胆にかからねばならぬ。難しかろうが、易しかろうが、そんな事は考えずに、いわゆる無我の境に入って断行するに限る」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 難易を考えず、無心になって思い切ってやるほかない |
| 現代へのヒント | 着手前の難易度の見積もりに、時間をかけすぎない |
思い切りのよさを説いた一句です。難しいか易しいかを考えること自体を、無駄だと言い切っています。
海舟は咸臨丸での渡米や江戸城の明け渡しなど、前例のない場面に立ち会いました。先例のない仕事には見積もりようがないという実感が背景にあるのかもしれません。
「無我の境」という言い回しには、禅の素養がうかがえます。

大胆にかかるほかない、という言葉が伝わっています。

難しいか易しいか、いくら考えたって答えは出ねえよ。
誰もやったことのねえ事には、比べる相手がねえんだ。だったら飛び込んでみるしかあるめえ。
もっとも、この言い回しがおれの口から出たかどうかは、おまえさんの世でも分からねえんだろう。
名言④「外国へ行く者が、よく事情を知らぬから知らぬからと言うが、知って行こうというのが良くない。何も用意しないでフイと行って、不用意に見て来なければならぬ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 予備知識を詰め込んで行くより、何も知らずに行って素のまま見てくるのがよい |
| 現代へのヒント | 下調べは、見たいものを狭めることがある |
外国へ渡る心構えを語った一句です。準備を尊ぶ常識とは逆を向いています。
海舟自身が咸臨丸で渡米した経験を持つため、その渡米と重ねて読むこともできます。ただし、この一句がその経験を踏まえたものかどうかは分かりません。
なお、これを準備不要の勧めとして読むのは行き過ぎでしょう。語られているのは、先入観を持ち込むことの弊害のほうです。この文言は名言サイト間でほぼ同じ形で流通していますが、原典の表記と一致するかは確認できていません。

知って行くのはよくない、という言葉が伝わっています。

知って行こうってのが、いけねえのさ。
書物で頭を詰めて行くと、目の前のものが書物どおりに見えちまう。それじゃ行った甲斐がねえ。
……とはいえ、何も調べずに行けと勧めてるわけじゃねえぞ。驚く余地を残しておけ、ってことよ。
名言⑤「行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。名言①の現代語による言い換えとみられます。この形が最初にどこで使われたかは確認できませんでした |
| 解釈 | 自分の行いは自分のもの、批判は他人のもの。関知しない |
| 現代へのヒント | 言い換えられた言葉は、元の形を確かめると印象が変わる |
名言集でもっとも多く見かける形です。読みやすく、覚えやすい。だからこそ広まったのでしょう。
ただし、これは名言①の原文を現代語に置き換えたものとみられます。「我に与からず我に関せず」が「知ったことではない」に置き換わると、印象がかなり変わります。原文には、要職にある者としての諦念がにじむようにも読めます。
言い換えが悪いわけではありません。ただ、元の形を知ってから読むと、同じ言葉が違って響きます。詳しくは番外編で並べて比べました。

この形が、いちばん広く知られています。

ずいぶん歯切れがよくなったもんだ。
言いてえことは外れちゃいねえ。だが「知ったことではない」と言い切っちまうと、おれがえらく偉そうに聞こえやしねえかい。
元の文には、賢い衆の批評に堪えるのは容易じゃねえ、という断りが先に付いてたんだ。そこが落ちると、別の男の言葉みてえになるな。
名言⑥「事を成し遂げる者は愚直でなければならぬ。才走ってはうまくいかない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 事を成すのは愚直な者だ。才気に走るとうまくいかない |
| 現代へのヒント | 器用にこなす道を探す前に、まっすぐ続ける道を考える |
才知より愚直さを取る、という一句です。海舟自身は機転の人として語られるだけに、意外な取り合わせに見えます。
もっとも、機転が利く人ほど才走ることの危うさを知っているとも読めます。自分への戒めとして語られた言葉なのかもしれません。
ビジネス書での引用が多い一句です。

愚直でなければならぬ、という言葉が伝わっています。

才の走る奴ほど、途中で近道を探すのよ。
近道ってのはたいてい行き止まりだ。まっすぐ行った奴のほうが、結局は早く着く。
おれ自身が愚直だったかと言われりゃ、そこは怪しいがな。
名言⑦「人には余裕というものが無くては、とても大事はできないよ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 余裕がなければ、大きな仕事はできない |
| 現代へのヒント | 予定を詰めきらないことも、仕事のうちと考える |
余裕の大切さを説いた一句です。努力や気合いを説く言葉が多い名言集のなかで、めずらしい方向を向いています。
江戸城の明け渡しのような場面では、追い詰められた側に選択肢はありません。余裕がある者にしか、選び直す余地はないという実感が背景にあるようにも読めます。
「〜だよ」という語りかけの調子は、談話の記録らしい響きを持っています。

余裕がなければ大事はできない、という言葉があります。

余裕のねえ者に、大きな仕事は回ってこねえ。回ってきても潰れちまう。
追い詰められて出す答えってのは、たいてい一つきりだ。選べねえのよ。
この言い回しがおれのものかは知らねえが、言ってる中身は外れちゃいねえ。
名言⑧「その人がどれだけの人かは、人生に日が当たってない時にどのように過ごしているかで図れる」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 人の値打ちは、うまくいっていない時期の過ごし方に出る |
| 現代へのヒント | 評価されない時期の使い方を、自分で決めておく |
不遇の時期に注目した一句です。続けて「日が当たっている時は、何をやってもうまくいく」と紹介されます。
海舟は幕府の中枢にいた時期もあれば、蟄居を命じられた時期もありました。浮き沈みの両方を経験した人物の言葉として読まれてきました。
次の名言⑨とほぼ同じ趣旨で、どちらも同じ談話に由来する可能性があります。

日が当たっていない時に人の値打ちが出る、という言葉があります。

日が当たってるときは、誰だって上機嫌さ。
見るなら日陰にいるときよ。腐るか、腐らずに何か仕込むか。そこで人の中身が出る。
おれも役を離れて引っ込んでいた時期があった。あの頃をどう過ごしたかは、おれの口から言うことでもあるめえ。
名言⑨「人の一生には、炎の時と灰の時があり、灰の時は何をやっても上手くいかない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 人生には勢いのある時期とない時期がある。ない時期は何をしても実らない |
| 現代へのヒント | うまくいかない時期は、動きを止める判断もありうる |
続けて「そんなときには何もやらぬのが一番いい。ところが小心者に限って何かをやらかして失敗する」と紹介されます。
努力を説く名言とは正反対の一句です。やらないという選択を勧めています。名言⑬「寝ころんで待つのが第一」とも通じる考え方です。
海舟の言葉として広まっている理由の一つは、こうした達観した物言いにあるのでしょう。

灰の時は何もやらぬのがいい、という言葉が伝わっています。

灰のときは、何をやっても燃えねえ。
そういうときに慌てて動く者が、いちばん怪我をするのよ。じっとしてるのも仕事のうちさ。
ただな、これは待てば必ず火がつくって話じゃねえ。そこは勘違いしなさんな。
名言⑩「世の中に無神経ほど強いものはない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 気にしないでいられることほど、強いものはない |
| 現代へのヒント | 鈍さは欠点とは限らない。長く続ける人の条件でもある |
短く、身も蓋もない一句です。名言①の「毀誉は他人の主張」と同じ方向を向いています。
海舟は旧幕臣でありながら明治政府に仕えたため、両方の側から批判を受けました。批判に囲まれ続けた人物の言葉として読まれてきた一句です。
皮肉めいた言い回しは、海舟の人物像とよく合っています。

無神経ほど強いものはない、という言葉が伝わっています。

気にしねえってのは、たいした才能だぜ。
おれなんざ、幕府の側からも新政府の側からも叩かれた。いちいち気にしてたら、とっくに参ってらあ。
もっとも、本当に何も感じてなかったかは怪しいもんよ。感じねえふりが上手くなっただけかもしれねえ。
名言⑪「自分の価値は自分で決めることさ。つらくて貧乏でも自分で自分を殺すことだけはしちゃいけねぇよ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 自分の値打ちは自分で決めるものだ。苦しくても自分を見捨ててはいけない |
| 現代へのヒント | 他人の評価表とは別に、自分の評価表を持っておく |
名言①と同じ主題を、やわらかく言い直したような一句です。江戸弁の調子がそのまま残っています。
海舟の家は貧しい旗本でした。貧乏を知っている人物の言葉として引かれることが多い一句です。
なお「しちゃいけねぇよ」という表記は、談話を書き取る際の書き手による整えが入っている可能性があります。

自分の価値は自分で決める、という言葉が伝わっています。

値打ちを他人に決めさせるな、ってことさ。
世間の相場はころころ変わる。そんなものに合わせて、自分で自分を安く見積もることはねえ。
貧乏なら貧乏で結構。腹さえくくってりゃ、どうにでもなるもんよ。
名言⑫「生死を度外視する決心が固まれば、目前の勢いをとらえることができる」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 死を恐れない覚悟が定まれば、目の前の流れをつかめる |
| 現代へのヒント | 最悪の結果を受け入れると、判断の速度が上がる |
続けて「難局に必要なことはこの決心だけだ」と紹介されます。江戸城の明け渡しの場面と重ねて語られることの多い一句です。
海舟は江戸への総攻撃を目前にした緊迫した状況で、西郷隆盛との会談に臨みました。覚悟の話が実感を伴って読まれる理由でしょう。
ただし、この言葉を現代の場面にそのまま当てはめるのは無理があります。生死の話ではない場面のほうが多いからです。

生死を度外視する決心、という言葉が伝わっています。

覚悟が決まると、目が利くようになる。不思議なもんだ。
迷ってるうちは、目の前の流れが見えねえのよ。
とはいえ、どんな場面でも肚をくくれって話じゃねえぞ。そこは取り違えねえでくれ。
名言⑬「急いでも仕方がない。寝ころんで待つのが第一だと思っています」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 急いでも意味がない。寝転んで待つのがいちばんだ |
| 現代へのヒント | 待つことも手のうちに入れると、焦りが減る |
「寝ころんで」という言い方が印象的な一句です。名言⑨と同じく、動かない選択を勧めています。
流布している海舟の言葉には、時勢が動くまで待つという考え方が繰り返し出てきます。幕末の急激な変化を見てきた人物らしい態度と読まれてきました。
「思っています」という丁寧な語尾は、談話の記録らしい形です。

寝ころんで待つのが第一、という言葉が伝わっています。

急いだって、時勢が早く動くわけじゃねえ。
動かねえときは寝ころんでるのが一番だ。体が休まる分、動く番が来たときに走れる。
怠けろと言ってるんじゃねえよ。待つのと怠けるのは、まるで別物さ。
名言⑭「機先を制するというが、機先に遅れる後の先というものがある」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 先手を取るだけでなく、あえて遅れて取る「後の先」もある |
| 現代へのヒント | 先手が常に有利とは限らない。相手の出方を見る手もある |
続けて「相撲取りを見てもただちにわかる」と紹介されます。剣術を学んだ海舟らしい、武術の考え方を用いた一句です。
「後の先」は武道の用語で、相手が動いた後に、なお先を取ることを指します。受けに回りながら主導権を握るという発想です。
海舟については、剣術を修めながら人を斬らなかったという逸話も伝わっています。

後の先、という考え方を語った言葉があります。

先に出りゃ勝てるってもんじゃねえ。
相手が動いてから、なお先を取る。相撲でも剣でも同じことよ。
おれは剣を習ったが、人を斬らずに済ませたと語り伝えられているそうな。抜かずに済ませるのも、一つの先の取り方だぜ。
名言⑮「その間、十年焦らずじっとかがんでいれば、道は必ず開ける」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 十年焦らずに耐えていれば、必ず道は開ける |
| 現代へのヒント | 好不調を相場に見立てると、悪い時期を待てるようになる |
「俺など本来、人が悪いから、ちゃんと世間の相場を踏んでいる。上がった相場はいつか下がるときがあるし、下がった相場もいつか上がるときがある」と続く長い一句の後半です。
自分の境遇を相場にたとえている点が特徴です。上下するものだと分かっていれば、下がっている時期も耐えられるという考え方でしょう。
なお「必ず開ける」と言い切っていますが、十年待って開けない道もあります。そこは割り引いて読みたいところです。

十年かがんでいれば道は開ける、という言葉が伝わっています。

上がった相場は下がるし、下がった相場は上がる。
世間の値打ちってのは、そういう代物さ。下がってる間に焦って売り払うのが、いちばん損よ。
もっとも「必ず開ける」と言い切るのは、ちょいと調子がよすぎるな。開かねえまま終わった者も見てきたぜ。
名言⑯「やるだけのことはやって、後のことは心の中で、そっと心配しておれば良いではないか」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | できることをやったら、あとは心のなかで心配しておけばいい |
| 現代へのヒント | 心配をなくそうとせず、置き場所を決める |
続けて「どうせなるようにしかならないよ」と紹介されます。心配を否定していないところが、この一句のよさです。
心配するなとは言っていません。そっと心のなかでしておけ、と言っています。無理に前向きになれと迫る言葉より、ずっと実際的です。
海舟の言葉として広く引かれる「なるようにしかならない」の系統に属する一句です。

そっと心配しておけばいい、という言葉が伝わっています。

心配するなとは言わねえ。人間だもの、するさ。
ただ、口に出して周りに撒くこたぁねえ。心の中にしまっときゃいい。
やるだけやったら、あとはなるようにしかならねえ。これは投げやりじゃなくて、順番の話よ。
名言⑰「世に処するには、どんな難事に出逢っても臆病ではいけない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 世を渡るには、どんな難局でも臆病であってはいけない |
| 現代へのヒント | 怖さを消すのではなく、怖いまま前に出る手を考える |
胆力を説いた一句です。名言③「大胆にかからねばならぬ」と同じ方向を向いています。
海舟は剣の修行を積み、肝の据わった人物として語られてきました。臆病でないことと、無謀であることは違うという点は、名言⑭と合わせて読むと見えてきます。
本記事で集めた流布形には、難局に処する心構えを語る言葉が繰り返し現れます。

難事に出逢っても臆病ではいけない、という言葉があります。

怖いのは構わねえ。怖がって動かねえのがいけねえのさ。
難局ってのは、たいてい向こうから来る。逃げたところで追ってくらあ。
度胸なんてのは生まれつきじゃねえ。何度か腹をくくるうちに、少しずつ身につくもんだ。
名言⑱「人間の精根には限りがあるから、あまり多く読書や学問に力を用いると、いきおい実務の方にはうとくなるはずだ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 気力には限りがある。学問に力を注ぎすぎると実務に疎くなる |
| 現代へのヒント | 学ぶ時間と動かす時間の配分を、意識して決める |
学問偏重を戒めた一句です。海舟自身は蘭学を独学した人物なので、意外に思えるかもしれません。
だからこそ、と読むこともできます。学ぶことの負荷を知っている人物が、そこに時間を吸い取られる危うさを語っている、という読み方です。
名言㉖「無学になる学問は困難なり」と合わせて読むと、学問への複雑な態度が見えてきます。

学問に力を注ぎすぎると実務に疎くなる、という言葉があります。

頭に詰め込むには、限りってものがある。
書物ばかり読んでる者は、いざ現場に出ると足がすくむ。そういうのを何人も見てきた。
とはいえ、学ぶなと言ってるわけじゃねえぞ。おれだって蘭学で食いつないだ口だ。配分の話さ。
名言⑲「功名をなそうという者には、とても功名はできない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 手柄を立てようとする者に、手柄は立てられない |
| 現代へのヒント | 成果を目的にすると、成果を生む作業がおろそかになる |
続けて「戦いに勝とうという者には、とても勝ち戦はできない」と紹介されます。目的と結果を逆転させた言い方です。
功名心そのものを否定しているのではなく、功名を先に置くと目の前の仕事が疎かになるという趣旨に読めます。名言⑥「愚直でなければならぬ」とも通じます。
逆説の形をとった一句は、記憶に残りやすいぶん流布しやすいものです。

功名をなそうとする者に功名はできない、という言葉があります。

手柄を狙ってる者の顔ってのは、すぐ分かる。
目の前の仕事より、手柄のほうを見てるからよ。それじゃ仕事は仕上がらねえ。
勝とう勝とうと力むと、かえって足元をすくわれる。戦でも同じことさ。
名言⑳「島国の人間は、どこも同じことで、とにかくその日のことよりほかは目につかなくって、五年十年さきはまるで暗やみ同様だ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 島国の人間は目先のことしか見えず、五年十年先が見えていない |
| 現代へのヒント | 目先の判断をするときほど、期限の長い問いを一つ置く |
日本人の視野の狭さを嘆いた一句です。海舟は渡米の経験を持ち、外から日本を見た人物でもありました。
ただし「島国の人間は」という地理による一般化を含む言い方です。現代の感覚では、そのまま受け取りにくい面があります。
開国期の危機感を背景とした発言として読むのが妥当でしょう。

五年十年さきが暗やみ同様だ、という言葉が伝わっています。

その日暮らしの目しか持たねえと、五年先が真っ暗になる。
船で外へ出た者なら、そう思うこともあろうな。
もっとも、島国だから駄目だってのは言い過ぎだな。どこの国にも、目先しか見ねえ者はいるさ。
名言㉑「人はみな、さまざまに長ずるところ、信ずるところを行えばよいのさ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 人はそれぞれ、得意なこと、信じることをやればいい |
| 現代へのヒント | 他人のやり方を否定しないほうが、味方が増える |
他人のやり方を認める一句です。幕府側と新政府側の双方に知人を持った海舟らしい、幅のある物言いです。
海舟は江戸城の明け渡しをまとめた一方、最後まで戦った旧幕臣たちのことも気にかけていたと語られます。立場の違う相手を切り捨てない姿勢として読まれてきました。
ただし人物像に合いすぎる言葉には、後から結びつけられた可能性もあります。

それぞれが信ずるところを行えばよい、という言葉があります。

人にはそれぞれ得手がある。無理に同じ型に嵌めることはねえ。
おれは城を明け渡す側に回った。最後まで戦った連中をどう思っていたかは、ここでは作り物の物言いになるがな。
立場が違っただけで、みんな信じたところを行ったのさ。
名言㉒「生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤があるねえ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 職業に上下はないが、生き方には上下がある |
| 現代へのヒント | 何をするかより、どうするかで自分を測る |
「職業に貴賤なし」という定型句を、途中でひっくり返した一句です。この形だからこそ印象に残ります。
身分制度が解体された明治という時代を背景に読むと、職業ではなく個人の振る舞いで人を見るという宣言にも取れます。
「ねえ」という語尾は談話の記録らしい形ですが、書き手による整えが入っている可能性もあります。

生き方に貴賤がある、という言葉が伝わっています。

職業に上下はねえ。これは言い古された話だ。
だが、その仕事をどうやるかには、はっきり差が出るぜ。同じ商いでも、人によってまるで違う。
見るべきは何をしてるかじゃなくて、どうしてるかよ。
名言㉓「もし成功しなければ、成功するところまで働き続けて、けっして間断があってはいけない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 成功しないなら、成功するまで途切れずに働き続けよ |
| 現代へのヒント | 途切れさせないことを、成果より前の目標に置く |
継続を説いた一句です。名言⑨「灰の時は何もやらぬのが一番いい」とは、正反対を向いています。
同じ人物の名言集に、待てという言葉と続けよという言葉が同居しているわけです。仮にいずれも海舟の談話に由来するなら、場面によって判断が異なった可能性があります。
名言集は一人の思想として並べられがちですが、談話は場面ごとに語られるものです。

成功するまで働き続けよ、という言葉が伝わっています。

途切れさせちゃいけねえ。始めたなら続けるこった。
……とはいえ、さっき灰のときは休めと言ったばかりだな。矛盾してると思うかい。
出どころが分からねえ以上、本当に食い違ってるのかどうかも分からねえ。場面が違えば答えが変わることだってあるさ。それを一人の考えとしてまとめられちゃ、こっちが困らあ。
名言㉔「あれのこれのと心配ばかりしていては、自然と気が餓え神が疲れて、とても電光石火に起こりきたる事物の応接はできない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 心配ばかりしていると気力が尽き、突然の出来事に対応できなくなる |
| 現代へのヒント | 備えを増やしすぎると、いざという時の余力が減る |
心配のしすぎを戒めた一句です。名言⑯とは違い、こちらは実務上の不利益を挙げています。
「電光石火に起こりきたる」という言い回しが目を引きます。幕末の急変を経験した人物らしい、突発事態を前提にした物言いです。
「気が餓え神が疲れて」は漢文調で、口語に直しきられていない箇所のようにも見えます。

心配ばかりしていては応接できない、という言葉があります。

心配で気力を使い果たしちまうと、いざってときに動けねえ。
事ってのは、電光石火で来るもんだ。そのときに残しておく力が要る。
備えを増やしすぎるのも、備えを怠るのと同じくらい危ういのさ。
名言㉕「世人は、首を回すことは知っている。回して周囲に何があるか、時勢はどうかを見分けることはできる。だが、もう少し首を上にのばし、前途を見ることを覚えないといけない」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 世間の人は首を回して周囲や時勢を見分けられる。だが首をのばして先を見ることも覚えるべきだ |
| 現代へのヒント | 周囲を見渡す視点と、先を見通す視点を分けて持つ |
「首を回す」と「首を上にのばす」を対比した一句です。前半だけを切り出すと言いたいことが分からなくなるため、本記事では続きを含めた形で載せました。
回して見えるのは、いま周りにあるものと時勢です。のばして見るのは、その先にあるもの。同じ首の動かし方でも、見えるものが違うという言い方になっています。
内容は名言⑳や名言㉞と重なります。目先と先行きを分けて考える、という主題が繰り返し現れます。

首を回すだけでなく、のばして前途を見よ、という言葉が伝わっています。

首を回すだけなら、誰にでもできらあ。周りに何があるか、風向きはどうか、そのくらいは見えるさ。
だが、そこで止まっちゃいけねえ。もう少し首をのばして、行く先を見るこった。
……もっとも、この言い回しがどこで語られたものかは、おまえさんも突き止められなかったんだろう。前半だけ切り取って回すのは、やめといたほうがいいぜ。
名言㉖「学者になる学問は容易なるも、無学になる学問は困難なり」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 学者になるための学問は易しいが、学を捨てるための学問は難しい |
| 現代へのヒント | 覚えた知識を手放す訓練も、学びのうちに入れる |
学問の逆説を突いた一句です。知識を積むより、積んだ知識にとらわれないほうが難しい、という趣旨に読めます。
海舟は蘭学を独学し、のちに実務の場で判断を重ねました。知識と実際の落差を知っていた人物ならではの言い方です。
文語体で残っている点は、名言㉔と同じく口語化を経ていない形に見えます。

無学になる学問は困難だ、という言葉が伝わっています。

覚えるのは易しい。捨てるのが難しいのよ。
頭に入れた知識は、いざというとき邪魔をする。書物にこう書いてあった、とな。
学んだうえで、それを忘れて目の前を見る。そこまで行って、やっと使いものになるのさ。
名言㉗「人間、数ある中には、天の教えを受ける勘を備えている者がある」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 人のなかには、天の教えを感じ取る勘を持つ者がいる |
| 現代へのヒント | 説明できない判断力を持つ人を、軽く見ない |
理屈で説明できない直感の存在を認めた一句です。合理を重んじる印象のある海舟にしては、意外な内容にも見えます。
海舟は禅を学んだとされ、剣術の修行も積みました。説明しきれない判断の速さを、身をもって知っていたのかもしれません。
ただし、これを神秘的な話として読むのは行き過ぎでしょう。経験に裏打ちされた勘の話とも取れます。

天の教えを受ける勘、という言葉が伝わっています。

理屈じゃ説明できねえ勘ってのは、確かにあるぜ。
剣でも同じよ。考えてから動いたんじゃ間に合わねえ。
ただ、これを有難がりすぎるのもいけねえ。勘ってのは、たいてい積み重ねの後に出てくるもんだ。
名言㉘「大事をなすには寿命が長くなくてはいけないよ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 大きな仕事をするには、長生きしなければならない |
| 現代へのヒント | 続ける前提を整えることが、成果への最短距離になることがある |
身も蓋もない一句ですが、実際そのとおりでもあります。海舟は1899年まで生き、幕末と明治の両方を見届けました。
同時代には志半ばで亡くなった人物が数多くいます。海舟が長く語り続けられたのは、長く生きたからという面が確かにあります。
談話の記録らしい、くだけた語りかけの形をしています。

大事をなすには寿命が長くなくては、という言葉があります。

身も蓋もねえが、これが本当のところさ。
おれの周りには、志半ばで逝った連中が山ほどいる。生き残った者だけが、後から何とでも言えるのさ。
おれが長々と喋っていられるのは、単に長生きしたからだろうよ。それ以上の理由はねえ。
名言㉙「時勢の代わりというものは妙なもので、人物の値打ちががらりと違ってくるよ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 時代が変われば、人の評価はがらりと変わる |
| 現代へのヒント | 今の評価を、そのまま自分の実力と思い込まない |
時代による評価の変動を語った一句です。幕末から明治への転換を目のあたりにした人物の言葉として読まれます。
昨日まで重んじられた者が退き、無名だった者が表に立つ。海舟自身も評価が二転三転した人物でした。名言⑮の「相場」のたとえとも重なります。
名言①「毀誉は他人の主張」と合わせて読むと、評価というものへの態度が見えてきます。

時勢が変われば人物の値打ちも変わる、という言葉があります。

時勢が変われば、人の値打ちなんぞ紙切れみてえに変わるぜ。
昨日まで持ち上げられてた者が、今日は誰も見向きもしねえ。その逆もまた同じ。
だからこそ、他人の付ける値を真に受けねえほうがいい。
名言㉚「敵は多ければ多いほど面白い」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 敵が多いほど面白い |
| 現代へのヒント | 反対されることを、避けるべき失敗と決めつけない |
強がりのようでいて、実感のこもった一句です。海舟は旧幕臣からも新政府側からも批判を受け続けました。
敵の多さを引き受けたうえで、それを面白がってみせる。名言⑩「無神経ほど強いものはない」と同じ構えです。
なお、これを対立を歓迎する勧めとして読むのは行き過ぎでしょう。

敵は多いほど面白い、という言葉が伝わっています。

敵が増えるってのは、それだけ動いてる証しさ。
誰にも文句を言われねえ生き方ってのは、たいてい何もしてねえ生き方よ。
……まあ、面白いと言えるようになるまでには、少々かかったがな。
名言㉛「天下の大勢を達観し、事局の大体を明察して、万事その機先を制するのが政治の本体だ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 大局を見通し、状況の全体をつかんで先手を打つのが政治の本質だ |
| 現代へのヒント | 判断の前に、いま見ている範囲が十分か確かめる |
政治のあり方を語った一句です。名言⑳「五年十年さきはまるで暗やみ」と表裏の関係にあります。
「達観」「明察」という語が並ぶ漢文調の言い回しです。談話というより論説に近い響きがあり、原文が文語だった可能性を思わせます。
名言⑭の「後の先」と読み合わせると、機先の意味が単純な先手ではないことが分かります。

機先を制するのが政治の本体だ、という言葉があります。

大局を見て、全体をつかんで、先に手を打つ。言うのは簡単さ。
難しいのは、どこまでが大局かを見きわめることよ。目の前だけ見てても駄目、遠くだけ見てても駄目だ。
それにしてもこの言い回し、ずいぶん硬いな。おれの口から出たにしちゃ堅苦しいぜ。
名言㉜「外交の極意は、誠心誠意にある」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 外交でいちばん大切なのは、誠実さである |
| 現代へのヒント | 交渉術より先に、約束を守る実績を積む |
駆け引きではなく誠実さを挙げた一句です。開国期の対外交渉に関わった人物の言葉として引かれます。
理想論に見えますが、継続する関係では嘘が最も高くつくという現実的な判断とも読めます。次の名言㉝と対になっています。
なお海舟は外交交渉の第一線に立ち続けたわけではなく、この言葉をどの場面で語ったかも分かりません。

外交の極意は誠心誠意にある、という言葉があります。

小細工は、たいてい見抜かれる。
一度きりの取引なら騙せもしようが、付き合いが続くならそうはいかねえ。
誠意ってのは道徳の話じゃねえ。長い目で見りゃ、それがいちばん安上がりなのさ。
名言㉝「政治家の秘訣は何もない。ただ『誠心誠意』の四文字ばかりだ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。本記事では原典の該当箇所を確認できませんでした |
| 解釈 | 政治家に秘訣などない。誠心誠意の四文字だけだ |
| 現代へのヒント | 特別な技を探すより、当たり前を続けられるかを問う |
名言㉜と同じ言葉を、政治家について言い直した一句です。「四文字ばかりだ」という言い切りが効いています。
海舟は幕府と新政府の双方で要職に就きました。その立場から秘訣はないと言い切るところに、この一句の重みがあります。
㉜と㉝は同じ談話の別の箇所である可能性もあります。

政治家の秘訣は誠心誠意の四文字だけ、という言葉があります。

秘訣を知りたがる者は多いが、そんなものはねえよ。
あるとすりゃ、当たり前のことを当たり前にやり続けられるかどうか。それだけだ。
面白くもねえ答えで悪いがな。
名言㉞「人はなんでも範囲を脱しなくちゃいけないよ。眼を大局に注がなくちゃいけないよ」
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出典 | 区分B。大田区立勝海舟記念館の展示コンテンツで海舟の言葉として紹介されていますが、記事内に出典の記載はありませんでした |
| 解釈 | 人は自分の枠を抜け出し、大局に目を向けなければならない |
| 現代へのヒント | 担当範囲の外側を一度見てから、担当範囲の仕事に戻る |
大田区が公開する特集記事のなかで、勝海舟記念館の展示として紹介されている一句です。区分Bのなかでは、公的機関が取り上げている点でやや根拠が強めといえます。
内容は名言⑳と重なります。目先にとらわれず先を見よ、という趣旨です。「範囲を脱する」という言い方が、海舟らしい実務的な響きを持っています。
ただし、この記事にも出典の記載はありませんでした。勝海舟記念館は2019年に開館し、江戸城の明け渡しに関する資料などを展示しています。

範囲を脱して大局に目を注げ、という言葉が紹介されています。

自分の持ち場だけ見てると、持ち場ごと沈むぜ。
一度そこを出て、上から眺めてみる。それから持ち場に戻りゃいい。
おれの言葉として飾られてるらしいが、出どころは分からねえんだろう。まあ、悪い中身じゃねえ。
【番外編】「行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない」の原文を並べて比べる
この記事でいちばんお伝えしたいのが、この比較です。検索上位の名言サイトで繰り返し見かける一句には、はっきりした原文がありました。
| 文言 | |
|---|---|
| 原文(区分A) | 行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与からず我に関せず |
| 流布形(区分B) | 行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない |
| 出どころ | 原文は福沢諭吉あての答書(1892年2月6日付)。書簡は慶應義塾福澤研究センター所蔵。文面は『瘠我慢の説』とともに1901年に時事新報社から刊行されました |
読み比べると、意味は同じでも響きが違います。原文の「我に与からず我に関せず」は、関わりを持たないという静かな言い方です。一方「知ったことではない」には、突き放す強さが出ています。
もう一つの違いは、前置きの有無です。原文には「従古当路者古今一世之人物にあらざれば、衆賢之批評に当る者あらず」という一文が先にあります。要職にある者が多くの賢者の批評に堪えるのは、よほどの人物でなければ難しい。そう認めたうえで書き出しているのです。
流布形はここが落ちています。その結果、批判を意に介さない人物の言葉として読めるようになりました。実際の答書は、批判を受け止めたうえで評価を他人に委ねる文章です。
言い換えが悪いという話ではありません。ただ、原文を知ってから読むと、この一句はずいぶん違って見えます。私にとっては、今回の作業でいちばんの収穫でした。

原文と流布形を並べてみると、ずいぶん印象が違いました。

並べてくれて、ありがとよ。
「知ったことではない」か。威勢がいいな。おれもそう言い切れたら、さぞ気持ちがよかろうさ。
だが、おれが書いたのはその手前よ。賢い衆の批評に堪えるのは容易じゃねえ、恥じ入るばかりだ、と断ってから、評価は他人に任せると書いた。順序が大事なんだ。
34件から見えてくる3つの傾向
一件ずつ出どころをたどってみると、海舟の名言には共通した傾向が見えてきました。ここでは3つに整理します。ただし原典まで確認できた項目はごく一部なので、思想としてまとめるのではなく、流布している言葉の傾向として示します。
- 「待て」と「続けよ」が同居していて、一つの思想にまとまらない
- 評価を他人の領分と切り離す言葉が、繰り返し出てくる
- 漢文調のまま残っている一句と、口語に直された一句が混在している
1つめは、方向のばらつきです。名言⑨「灰の時は何もやらぬのが一番いい」と名言㉓「成功するまで働き続けよ」は、正面から食い違っています。
仮にいずれも談話に由来するなら、場面ごとに語られたものが並んでいることになります。名言集は一人の思想としてまとめますが、もとは別々の日の会話だった可能性があるわけです。
2つめは、評価をめぐる言葉の多さです。名言①②⑤⑩㉙は、いずれも他人の評価との距離を語っています。旧幕臣として批判を浴び続けた立場が、そこに表れているように見えます。
3つめは、文体の混在です。名言㉔「気が餓え神が疲れて」や名言㉖「無学になる学問は困難なり」は文語のまま残っています。一方で名言⑪や名言㉒は江戸弁の口語です。
この差は、『氷川清話』の編者が原文を口語に直したという経緯と関係があるのかもしれません。同じ人物の名言集のなかで、文体がそろっていないこと自体が、テキストの来歴を示しているように思います。
よくある質問(FAQ)
勝海舟の一番有名な名言は何ですか?
もっとも広く知られているものの一つが「行いは己のもの。批判は他人のもの。知ったことではない」です。ただしこれは現代語による言い換えとみられ、原文は福沢諭吉あての答書にある「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与からず我に関せず」です。
「行蔵は我に存す」とはどういう意味ですか?
進退は自分の中にあり、褒めるも貶すも他人の言い分で、自分には関わりがないという意味です。「行蔵」は出処進退、「毀誉」は悪口と称賛を指します。福沢諭吉の『瘠我慢の説』の草稿に対し、1892年2月6日付で返した答書の一節です。
『氷川清話』は勝海舟が書いた本ですか?
海舟自身が執筆した本ではありません。吉本襄が1897年から1898年にかけて、新聞や雑誌に載った海舟の談話を集めて編集したものです。吉本は漢文や文語だった原文を口語に書き直したと指摘されており、一部は海舟の言葉そのままではないとされています。
『氷川清話』はどの版を読めばよいですか?
戦後に複数の校訂版が出ています。講談社の紹介によれば、講談社学術文庫版は江藤淳・松浦玲による完全校訂版で、流布本を検討し直し、未収録だった談話を加えて再編集したものです。ほかに勝部真長による角川文庫版、川崎宏による中央公論新社版があります。
勝海舟の書いた文章は残っているのですか?
日記や書簡が知られています。この記事で扱った福沢諭吉あての答書は、慶應義塾福澤研究センターに書簡が所蔵され、1901年刊行の『瘠我慢の説』に収められた文面を青空文庫で読むこともできます。
インタビュー後記|言い換えられた言葉の手前にあるもの
今回いちばん考えさせられたのは、名言⑤と名言①の関係でした。同じ内容の言葉が、原文と現代語で並んで流通していたのです。
しかも広まっているのは現代語のほうでした。読みやすいのだから当然でしょう。ただ、その過程で「多くの賢者の批評に堪えるのは容易ではない」という前置きが落ちていました。
前置きが落ちると、言葉は強くなります。「知ったことではない」は痛快です。けれど原文の海舟は、批判を受け止めたうえで「恥じ入るばかりです」とも書いていました。
痛快さを求めて言葉を短くしていくと、その手前にあった逡巡が消えます。名言集を読むのが好きな私にとって、これは耳の痛い発見でした。
言い換えられた言葉を否定したいわけではありません。ただ、原文まで戻れる言葉があるなら、一度は戻ってみたい。あなたは勝海舟の生き方から、何を受け取るでしょうか。

最後に、言葉を残していくことについて、一言いただけますか。

ここからは、おれの言葉というより作り物の物言いと思って聞いてくれ。
言葉なんてものは、残そうとして残るもんじゃねえ。誰かが書き取って、削って、言い換えて、それで残る。おれの手を離れた後の話さ。
だからおまえさんみてえに、元の形まで戻ってみようとする者がいるのは、悪くねえ。ありがとよ。
参考資料
- 青空文庫「瘠我慢の説 書簡」(福沢諭吉・勝海舟・榎本武揚)※名言①②の原文(「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与からず我に関せず」ほか)と「二月六日付」という日付の根拠。底本は『明治十年丁丑公論・瘠我慢の説』講談社学術文庫、親本は時事新報社1901年刊
- 青空文庫「瘠我慢の説」図書カード※底本・親本・初出の書誌情報の確認
- 慶應義塾「開館記念 第1回企画展『慶応四年五月十五日 ―福澤諭吉、ウェーランド経済書講述の日―』出品目録」※答書が「勝安芳(海舟) 福澤諭吉宛書簡(行蔵は我に存す) 明治25年(1892)2月6日 慶應義塾福澤研究センター(福澤範一郎氏寄贈)」として所蔵されていること、および日付の根拠
- 講談社「『氷川清話』(勝海舟/江藤淳・松浦玲編)製品詳細」※江藤淳・松浦玲による完全校訂版であること、流布本を検討し直して未収録談を加え再編集したことの根拠
- 岩波書店「新訂 海舟座談」(巌本善治編・勝部真長校注)※『海舟座談』が海舟の談話を巌本善治が筆録して編んだ本であることの根拠
- KADOKAWA「氷川清話 付勝海舟伝」(角川ソフィア文庫)※勝部真長を編者とする角川文庫版があることの根拠
- 中央公論新社「氷川清話 夢酔独言」(中公クラシックス・川崎宏編)※川崎宏を編者とする中央公論新社版があることの根拠
- コトバンク「海軍操練所」※神戸海軍操練所が勝海舟の建言を受けて幕府が設置した施設であること、1864年開設・1865年廃止であることの根拠
- 大田区「【特集】己を貫き江戸を守った 勝海舟の本質に迫る」※名言㉞が勝海舟記念館の展示で紹介されていること、記念館の開館年と展示内容の根拠
- 癒しツアー「勝海舟の名言・格言集。豪快で人間臭い言葉」※区分Bの多くの項目が流布していることの確認に用いた名言サイト(31件掲載・出典表記なし)。名言㉕の続き(「回して周囲に何があるか…」以下)もこのページの掲載形に拠っています
- metalife「勝海舟の名言・格言23選|心に響く言葉を厳選紹介」※区分Bの項目が複数サイトに共通して掲載されていることの確認
- Wikipedia「氷川清話」※補助的に参照。吉本襄が文語を口語に書き直したこと、時事批判を削除したこと、松浦玲らの調査で原典が1893〜1898年の新聞・雑誌記事と判明したことは、本記事ではこの記述に拠っており、江藤淳・松浦玲編『氷川清話』の解説・校訂部分そのものは確認していません
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